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厳しい質問の記者を追い出そうとする安倍政権

記者同士での会見からの排除という汚らしい手法

 

昨年末の12月28日に内閣記者会宛てに文書が届いた。差出人は首相官邸の上村秀紀報道室長。内容は「東京新聞の特定記者による質問内容が事実誤認」であるとし、「当該記者による問題行為については深刻なものと捉えており、貴記者会に対して、このような問題意識の共有をお願い申し上げると共に、問題提起させていただく」というもの。この文書の存在は当初外に出ていなかったが、「3万人の情報誌」を標榜する雑誌『選択』が2月初めに報じ、一気にネットで広がった。

『選択』が指摘するように、この文書は「特定の記者の言動をクラブとして規制しろと言わんばかりの内容」だ。報道側の対応が注目されたが、5日になってようやく新聞労連が抗議声明を発した。しかし、この抗議声明、ネットで次々にアップされたので気づき、6日付けの朝刊各紙を探しても見つからない。ようやく朝日や毎日では第2社会面に1段の簡単な記事を載せているのに気づいたが、新聞をただ見ている限りは気づかなかっただろう。ネットによると、TBSが朝のニュースの中で簡単に触れていたらしいが。

上村室長がいう東京新聞の特定の記者とは、今ではすっかり有名になった望月衣塑子記者。社会部記者でありながら、連日菅官房長官の記者会見に出席して、鋭い質問を浴びせている。最近では厚労省の統計不正で政府の責任を質問している。望月記者が発言始めるやいなや「質問は簡潔にしてください」などと質問妨害しているのが上村室長だ。質問権を奪おうとする、こちらの方がよほど問題行為と思えるが。

▽質問には答えず、裏で画策

そもそも、この「事実誤認」なるもの。公表されている限り、何の件で、どこが事実誤認なのか、全く分からない。望月記者を除く記者会の裏レクか何かで、詳しい説明があったのだろうか。なかったとしたら、政府にとって痛い質問はすべて「事実誤認で深刻なもの」と認識しているということになる。しかし「選択」は内容を明らかにしている。望月記者は、米軍辺野古新基地建設に関して菅官房長官に「埋め立て地に赤土が広がっているのではないか」と質問したという。埋め立て地で、当初言っていたガレではなく、べとっとした赤土らしいものが大量に投入されている様子はテレビでも航空撮影でしっかり映っており、疑問を示すのは記者であれば当然だ。

それを「事実誤認」と言い張るなら、具体的に説明すればいいだけの話。「沖縄県にも現地調査してもらって、赤土ではないことを明らかにします」ぐらいのまっとうな対応をすれば、安倍政権も世間で批判されているほど悪ではないと納得させられるかもしれない。しかし実際は政府・防衛省は沖縄県の立ち入り検査を全面的に阻止している。

こうした現実を踏まえて新聞労連は「今回の申し入れは、明らかに記者の質問の権利を制限し、国民の『知る権利』を狭めるもので、決して容認することはできない」と抗議声明を出したのだが、新聞協会などからは何の音沙汰もない。どちらかというと右寄りの雑誌である「選択」ですら、記事の最後に「よもや、圧力に屈するメディアなどいないと思うが……」と揶揄するように結んでいるのだが。

▽忖度だけでは足りない?

安倍政権になってからのメディアは急激に「忖度報道」に走っているのではないか、との危機感が国民の間に高まっている。しかし今回の官邸報道室、というか官邸の動きは逆に「忖度だけでは足りない」という安倍政権のメディア検閲強化の狙いがあるのではないだろうか。

歴史家の半藤一利氏と保阪正康氏の対談集「そして、メディアは日本を戦争に導いた」(2013年10月24日初版、東洋経済新報社刊)によると、戦前の日本の言論を縛った新聞紙法(明治42年公布)での検閲には「示達」「警告」「懇談」の3種類あったという。示達は禁止処分、警告は禁止処分するかもしれないという文字通りの警告。そして一番ややこしいのが「懇談」らしい。懇談は、禁止処分にはしないが、新聞記者としての「徳義」に訴えて掲載せぬよう希望するもの、実際は自主規制して記事を書かないようにさせるもので、具体的には「お前の報道者としての良心に恥じないと思うのか」と責め立てる。良心に恥じないと思って反抗すれば、大変なことになるというものだったとのこと。

今回の報道室長名の文書も「当該記者による問題行為は深刻なもの」とし、各社の記者に「問題意識の共有」を押しつけている。新聞紙法的な発想に倣えば、「新聞記者の徳義に訴え」て脅し、「良心に恥じぬよう」望月記者を排除するよう要求している。半藤氏は同書の中で「示達と警告は、来ても編集長が判断すればいいことで、下の記者は『知ったこっちゃねえ』で済むが、懇談になるとそうはいかない。書いた記者が呼びつけられてしまう」と書いているが、今回も現場記者への露骨な検閲であり、仲間内での排除を要求するという汚らしい手口は安倍ファシズムが深刻化したと受け止めるべきだろう。

▽戦前に似てきた安倍政権の手法

 同書では戦前の日本ファシズムの急激な進展の中で、陸軍の怒りを買って退任に追い込まれた信濃毎日新聞主筆だった桐生悠々についての記述がある。桐生は大阪朝日新聞などを経て信濃毎日新聞主筆となったが、乃木希典陸軍大将の殉死を批判した社説などで同社を追われ、新愛知新聞(後の中日新聞)主筆となった。その後1928年、再び信濃毎日新聞に呼ばれ主筆として活躍した。しかし1933年(昭和8年)関東一帯で行われた防空演習を批判し「関東防空大演習を嗤う」との社説を執筆。これが陸軍の怒りを買い、長野県の在郷軍人会「信州郷軍同志会」が同紙の不買運動を展開したため、退社。その後は愛知県でミニコミ誌「他山の石」を発行した。しかし発行部数わずか400部の同誌に対しても憲兵は度々弾圧し、発刊できないことも多々あったという。「国家がどれほどの暴虐を加えて、この雑誌を弾圧したかを思えば、国家は『社会的に筋の通った論』には異様なほど脅えることを知っておく必要がある」(p218)と保坂氏は記している。

(2019年2月6日)

(注)「関東防空大演習を嗤う」1933年に関東一帯で行われた防空演習を批判。敵機の空爆があれば木造家屋の多い東京は焦土化すること、被害規模は関東大震災に及ぶであろうこと、空襲は何度も繰り返されるであろうこと、灯火管制は近代技術の前に効果がないばかりでなくパニックを起こして有害であることなどを予言。「敵機を関東の空に、帝都の空に迎え撃つということは我が軍の敗北そのもの」と述べた。太平洋戦争末期の東京大空襲などはまさに予言通りだったが、旧陸軍の間に反省などはあったのだろうか。