日本の核武装

「啄木鳥」 にわかに浮上した「日本の核武装」論

自公政権の総選挙圧勝が拍車

米国の核をシェア?

 

 北朝鮮のミサイル、原水爆の相次ぐ実験を受け、北の脅威を解散の理由に挙げた安倍晋三自公政権が圧勝した。この状況を既に想定していたのか、にわかに「日本の核武装」論が浮上している。それも右派の「政治学者」が中心だ。内容もこれまでとは若干変わってきている。従来は「潜在的核保有力」を示すことで、近隣諸国になめられないようにするという論調が多かったが、最近の傾向は米国の「核のシェアリング」(石破茂・元防衛大臣)という発想だ。一斉に飛び出したような感のある「核シェアリング」論に対して、非核論者はどこまで対抗できるだろうか。

 

▽「非核一・五原則」?

 核武装論で最も目立っているのは、読売新聞系の中央公論。11月号でもろに「北朝鮮の核、日本の『核』」とする特集を組んだ。内容も◆緊急対談「日本は『非核1.5原則』を選べるか-手嶋龍一、佐藤優◆「『持ち込み』から共同保有まであらゆる議論が必要だ」石破茂◆往復書簡「『日本核武装論』はいかに議論すべきか」渡部恒雄、櫻田淳◆対談「『保有国』北朝鮮に、大国・中ロの思惑は」磯﨑敦仁、小泉悠◆「『潜在的核保有国』日本の行方」小林泰明—と、北朝鮮ではなく日本の核武装論オンパレード。自民党衆議院議員の石破氏、評論家の手嶋、佐藤両氏、現役の読売新聞記者の小林氏を除くと政治学者である。

 北朝鮮問題を受けて、日本としての対応は安倍首相のように「圧力」一本槍なのか、対話での解決を探るのかという議論が先にあるはずだが、中央公論は脅威が迫っているかのように読者を誘導すべく、核武装論に論議を集中している。

 しかし核武装にとって避けられない課題は、日本の国是ともなっている「非核三原則」を見直すべきかどうか。

 手嶋との対談で佐藤は「非核三原則を見直しながら、ベターな道を探っていくということにならざるをえない」と述べ、手嶋は「今議論を尽くすべきは、核兵器を『つくらず、持たず、持ち込まず』という三原則のうち『持ち込まず』について再検討し、外すことによって日本の核抑止力が高まるのか徹底して考えてみるべきです」と表明している。

 「持ち込まず」については、1972年に沖縄が日本に返還されるまでは、沖縄に配備されていたことが各種の調査で分かってきたが、その後公式には持ち込まれていなかったことになっている。新たに沖縄を含めた全国各地の米軍基地に「核持ち込み」を認めるかどうかだが、佐藤はさらに一歩進んで「実は『非核二原則』でも不十分なのです。米軍が具体的にどこに『持ち込んだ』のかを相手国が知らなければ、抑止力にならないと考える人も出てくるからです。そこで、さらに一歩進めたのが『非核一・五原則』なんですよ」と踏み込む。

 これは「アメリカの核を、日米でシェアするわけです。具体的なイメージとしては、核を搭載したアメリカの原子力潜水艦に自衛艦が乗り込むとともに、内閣総理大臣が核ボタンを持つ」ということと佐藤は説明。手嶋は「日本の総理は核の単独発射の権限を同盟国のアメリカから委ねられるというまことに大胆な問題提起ですね」と応じている。日米で核弾頭をシェアするということは、全国の自衛隊基地に配備されるということになるが、そこまでの言及はない。

 

▽「暫定核武装」論も

 あらゆる議論が必要だとする石破は「アメリカの『核の傘』は今も万全か」として、冷戦期に旧ソ連の核に備えたヨーロッパの諸国の5つの対応を参考にすべきだと主張する。石破によると5つの対応とは①アメリカの反対を押し切って核配備したフランス②アメリカの支援の下、核と原子力潜水艦を保有したイギリス③旧西ドイツのようにアメリカの中距離核パーシングの配備④(今の)ドイツ、イタリア、オランダなどの「ニュークリア・シェアリング」。平時の所有権はアメリカにありつつ、有事の使用に一定の権限を持つ⑤スイスや北欧諸国のような核シェルターの配備と避難訓練—で、3と4の選択肢に現実味があると主張している。

 一方で、石破は日本独自の核開発には「実際には爆縮実験できるような広大な土地も持っておらず、広島・長崎の被爆経験、福島原発事故の反省がある日本で、いわゆる兵器級に洗練された核兵器を生産するのは相当に困難」とも指摘している。

 この中央公論が発売されたのは10月10日。状況から見て、安倍首相が臨時国会を冒頭解散した9月28日から間もない時期に対談などが組まれたとみられる。野党の乱れもあって、当初から自公政権の圧勝が伝えられていただけに各「論客」も前のめりだ。

 その一人、東洋学園大学の櫻田淳教授(政治学)は笹川平和財団の渡部恒雄・上席研究員との「往復書簡」で、「日本暫定核武装論」なるものを提起している。暫定というのは「朝鮮半島に核が存置される間」ということらしいが、近隣諸国、特に中国やロシアが「なるほど」と受け入れてくれるだろうか。米国が韓国に終末高高度防衛ミサイル(THAAD)を配備したときに両国は猛烈に反発した。日本に核弾頭が、それも総理大臣が核ボタンを押せる状態で配備されるとなると単なる「反発」では済まないだろう。そもそも、石破が指摘するような核武装の技術的側面を無視している。

 櫻田はその後、10月26日にウェブの「現代ビジネス」(講談社)で、「暫定核武装論」という“思考実験”とは別に「現実的には核シェアリング」とトーンを変えている。

 しかし各論者が言うほど「核シェアリング」は現実的なのか。実は、この考え方は1950年代から出ていた。清水幾太郎の1970年代はじめの有名な「核の選択」という研究でも、核兵器を米国からもらう、預かるという選択は出ていた。しかし今日まで米国から「色よい」返事があったという話は出ていない。

(了)