日本の食糧安保、国民の食糧主権が危機に

共謀罪審議の陰で進められる、多国籍企業への「売国」

 

 共謀罪や森友学園をめぐる一連の国会攻防の陰で、日本人の生命を左右するともいえる重要な法案が衆議院を通過した。ほとんど審議らしい審議もなく3月末、自民、公明、維新の賛成多数で可決した法案は「主要農作物種子法(種子法)を廃止する法律案」と農業機械化促進法案。主要農作物とは国の基本的・基幹的作物である米、麦、大豆の3種。種子法は基幹作物の種子生産と普及を国と都道府県に義務付けてきたが、廃止法案は提出理由に「最近における農業をめぐる状況の変化に鑑み、主要農作物種子法を廃止する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である」とあるだけ。具体的な「状況の変化」が何であるかも触れていない。大新聞、テレビが黙殺する中で、これからの参議院審議でどこまで論議が進むだろうか。

▽新品種誕生まで10年以上

 種子法は戦後間もない1952年(昭和27年)に制定された。食糧難にあえいでいた当時、農林省が当時の金で年間500億円以上を投入、合計2000万石の食糧増産を行う「食糧増産5カ年計画」を発表したのと軌を一にしている。

 基礎食糧である米、麦、大豆の品種開発(改良)は国や都道府県などの公的機関に限定し、優れた特性を持つ品種を奨励品種に指定し、種子の生産、普及を義務づけている。この義務付けが根拠となって、試験機関の育種費用の確保を財政当局に求めることができていた。これは米や麦、大豆などの品種開発には長い年月が必要なためだ。

 米を例に農水省の資料をみると、現在主流となっている「交配育種」という品種開発の場合、別々の品種を掛け合わせることによって新しい品種を生み出しているが、一つの研究施設で年間に100~200種を組み合わせて交配。世代促進、集団栽培、系統育成試験・生産力検定など様々な過程を経て、ようやく奨励品種が生まれる。新品種が登場するまで、最低でも10年はかかるという大変な試験栽培だ。

 最も有名な品種である「コシヒカリ」の場合、戦争中の1944年(昭和19年)に新潟県農事試験場(現・新潟県農業総合研究所)で品種・食味ともに優れた「農林1号」と、いもち病に強い「農林2号」の交配に成功したが、育成させたのは福井県の福井農事改良実験所(現・福井県農業試験場)だった。1956年(昭和31年)に命名登録され、同試験場には「コシヒカリの里」の石碑が建っている。世に出るまで、12年もかかったのだ。

 これまで国の農業試験場で改良された品種は約400種類、都道府県の試験場で改良された品種は約300種類。計700種以上の米の品種が開発され、このうち300品種程度が現在栽培されているとみられている。人工交配法によって日本で最初に作られた品種は1921年(大正10年)の「陸羽132号」で、詩人で優れた農業指導者でもあった宮沢賢治も普及に努めたとされている。それだけ長い年月と、多くの技術者の血と汗で、「寒地」とされる北海道から「暖地」である九州・沖縄までの特性に合った米が作られてきた。農水省もつい数年前まで、こうした米の品種開発をうたうパンフレットを出していた。

▽規制改革で唐突に廃止決定

 流れが一変したのは、安倍晋三内閣による「何が何でも」の環太平洋戦略貿易協定(TPP)参加決定だが、その前から「民間企業の参入」を促そうと修正を求める動きは政府、自民党内にはあった。しかしTPP締結を前にした昨年9月、政府の規制改革推進会議が突然、種子法の役割や廃止する理由などについて議論もなく、種子法廃止を提起。さらに同年11月、官邸主導の「農業競争力強化プログラム」で廃止が決まった。廃止法案は今年2月に国会提出されたが、この間、議論らしい議論は示されておらず、唐突さに専門家や現場の技術者から疑念が出ている。

 特に立法趣旨にある「地方公共団体のシステムで民間の品種開発意欲を阻害している」具体例、実態は全く示されていない。また「民間企業が開発した稲の品種で奨励品種に指定されている品種はない」としている点も、実際には遺伝子組み換え(GM)品種以外は少ない。

 基礎食量の大豆については既に大量のGM作物が輸入されているが、日本ではトウモロコシ、バレイショなど7種類と並んで表示が義務付けられている。このため豆腐などには「遺伝子組み換えでない」などの表示があるが、実際には醤油や大豆油などでは表示が不要とされている。

 ただ国内ではまだ遺伝子組み換え作物の商業栽培は行われていない。遺伝子組み換え作物に反対する生産者の運動によるものだが、多国籍アグリバイオ企業や日本のバイオテク企業が開発を進めている。既にモンサントは茨城県で実験農場を運営し、遺伝子組み換えナタネの栽培を行っていると表明している。モンサントは非GM米の品種「とねのめぐみ」を品種登録し、茨城県の産地品種銘柄に指定されたが、奨励品種には認定されていない。日本の企業では三菱系の植物工学研究所、三井化学、日本たばこ(JT)などが育種事業に参入しており、GM米の開発を進めているといわれている。

▽食糧主権の売り渡し?

 もともと「種子を制するものは世界を制する」とされ、特に大英帝国時代の英国は世界中で種子を採取。ロンドンのキュー植物園は今でも種子収集で世界最大である。近年、種子にも特許が認められるようになってから、国際アグリビジネス企業が帝国に代わって種子ビジネスを支配するようになっている。

 今のところ日本では、農家が生産に必要な種子は①国内の種苗業者から買う②地元の農協から買う③前年の作物から優れた種もみを取っておき自家採取―のいずれかの方法で入手している。しかし農協が事実上解体されると、事実上寡占化された種子ビジネス業者から買うしかなくなる。ハイブリッド(雑種1代=F1)種子やGM作物では、知的所有権を盾に自家採取を認めないケースが海外では出ている。

 種子は誰もが利用できた「公共財」から、購入しなければならない「商品」になると懸念する専門家も少なくない。国や地方公共団体が奨励して安価に購入、生産できる基礎食量の米や麦、大豆が、種子法の廃止によって事実上国際アグリビジネス企業の支配にさらされかねない。安倍政権の「農業競争力強化」とは農家を奴隷化し、日本の食糧主権を多国籍企業に売り渡す恐れが強いが、これまでのところ厳しく批判しているのは共産党だけで、保守や右翼陣営からは声も出ていない。新聞やテレビも黙殺しているのが不思議だ。