「啄木鳥no.41」深刻化する震災被災者の心の闇        失われる「誇りとエネルギー」

 福島県いわき市で6月25日開かれた「双葉郡未来会議」に来賓として出席した双葉郡川内村の遠藤雄幸村長が、東電福島第一原発事故から5年3カ月余経った現在、村民は「生き方、誇りを失いつつある。エネルギーが失われつつある」と語り、被災者が置かれている深刻な状況を明らかにした。

 

▽潜在化する問題点

 双葉郡は8つの町村からなり、いずれも福島第一原発から半径30キロ圏内にあって警戒区域に入って避難を余儀なくされた。その後、指定の再編後は「帰還困難区域」として大半の住民は戻れない大熊町、双葉町(ともに福島第一原発の立地場所)から、「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」に指定替えされて順次帰還を求められている浪江町、葛尾村、富岡町、川内村、楢葉町、広野町まで複雑な対応を迫られている。

 川内村は2012年4月22日に警戒区域から「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」に再編。14年10月1日「避難指示解除準備区域」の地区は指定を解除され、「居住制限区域」は「避難指示解除準備区域」に変更となった。村役場も指定解除とともに戻っている。残っていた避難指示解除準備区域も今月14日に解除され、村全体で帰還が可能となったばかりだ。しかし事故前3,038人だった川内村の人口は、解除開始から1年半経った今年4月1日現在わずか655人の帰還に留まっている。

 川内村は太平洋に面しておらず、東日本大震災で津波被害は受けていない。戻れないのは原発事故によるものだ。こうした状況を踏まえ、遠藤村長は「帰還というオペレーションがいかに難しいか。新たな問題が生じ、それがさらに変化している」との認識を示し、『行政や国に何を言ってもしょうがない』などとのあきらめからか、問題点が潜在化して共有されにくくなっているとの危機感を表明した。これは川内村民だけの状況ではないはずだ。昨年9月5日全村の「避難指示解除準備区域」を解除された楢葉町でも、事故前8,011人あった人口のうち655人しか帰還していない。

 今回の双葉郡未来会議では、帰還困難区域である双葉町と大熊町の町民が登壇して現状

などを報告したが、その中でも「震災からいろいろやってきて、パンクしそうになっている。道路などばかりができて、それで復興などと言われるとつらい。一人ひとりが復興しなければ、本当に復興とは言えない」(大熊町町民)「町役場がプレスコントロールして、町民は自分の意見を出せなくなっている」(双葉町民)など、深刻な意見が飛び出した。同じように「帰還困難区域」、「居住制限区域」「帰還指示解除準備区域」に3分割されている南相馬市や飯舘村なども、同様の状況ではないだろうか。

▽子どもたちにトラウマ

 東日本大震災から5年3カ月余り経って、ハード面の整備とは裏腹に、被災者の置かれている状況が深刻化しているとの指摘は、原発事故被害を受けていない地域でも出ている。宮城県気仙沼市の今川悟市議は今年3月、住民に「震災疲れが出ている」と訴えていた。 「震災後、元気な人たちがトップランナーとなって復旧・復興を引っ張ってきたが、疲れた表情になっている。燃え尽き症候群ともいえ、5年目の反動は大きい」と指摘。大人たちの震災疲れとともに、困っているのが3歳から5歳で震災に遭った子どもたちだという。震災当初は保育園などの整備も出来なかったので、親と震災後の長い時間を過ごしてきた。このため親の疲労、苛立ちなどがそのまま伝わり、今日の小学校5、6年生は震災が大きなトラウマになっていると説明する。

▽被災者の心の闇に認識を

 こうした、震災直後とは異なる困難な状況に、どう向き合っていけば良いのか。未来会議では、大熊町と双葉町に計画している放射能汚染廃棄物の中間貯蔵施設について「丁寧な説明など一回もない」「国のトップはどんな土地だったかも知らない」などと厳しい声が出た。一方で、被災地を除くほとんどの国民は、中間貯蔵施設がどんなものなのか関心もない。貯蔵される廃棄物が半世紀後どうなるかも知ろうとしない、という諦めの感情もある。

 道路が整備されたり、商店街が復活したというだけでは「復興」せず、震災や原発事故から5年経って被災者の心にはかえって闇が広がっていることを外部の人間は認識する必要があるだろう。

(2016年6月27日)