「紀行4」関東軍731細菌戦部隊の遺跡を訪ねて

(3)日本より総延長が伸びている中国版新幹線        「内需拡大」路線で急速に発展か

 日本の連休を利用した731ツアーで、ハルビンから瀋陽への移動に中国版新幹線(中国高速鉄道)に乗った。乗ったのはハルビン西駅から瀋陽北駅まで。乗った列車の車体は白、先端部は日本の新幹線とよく似ている。普通車は横5人掛け、2人と3人。これも日本と似ている。

中国版新幹線といえば、2011年7月浙江省温州市で起きた追突事故の印象が生々しい。落雷で止まっていた列車に、後ろから来た列車が追突、死者40人、負傷者192人を出す大事故。事故そのものよりも、事故を隠蔽しようと車両を地中に埋めてしまった中国鉄道省の姿勢が世界的に批判浴び、中国新幹線に好印象は持っていなかった。

しかし、予想していなかった高速鉄道に乗ることになって調べたところ、事故のあった北京-上海線だけでなく、中国の各地を結んでいることが分かった。既に日本の新幹線の営業距離を抜いているという。

▽揺れが少なく、快適な乗り心地

 乗車したのは、そのうちの一つ。「京哈線(北京-ハルビン間)」もしくは「哈大線(ハルビン-大連間)」と呼ばれる主要幹線。始発駅のハルビンを出て、長春を通って瀋陽まで行き、そこで北京行きと大連行きに分かれる。

これが新線であることは、乗車したのが「ハルビン西駅」、下車したのは「瀋陽北駅」であり、途中通過駅も「何とか西」とか「何とか東」など、日本的に言えば「新横浜」「新大阪」といった、いかにも元々の駅から離れたところにあるらしいことからもわかる。ハルビンから瀋陽への線路は戦前にロシアや満鉄が敷いた線路に近づいたり遠ざかったりしながらも、ひたすら真っすぐ伸びている。

 「安重根義士記念館」で有名になったハルビン駅では、ひっきりなしに案内放送が鳴り響き、行きかう客がスマホに向かって大声でしゃべっているなど、喧噪の中にあった。しかしハルビン西駅は別世界のように静かだった。巨大なかまぼこ型の駅構内には洒落た売店や新車の展示場などが並び、各ホームに通じる場所には空港のゲート前と同じような乗車を待つ人たち向けのベンチが置かれている。

乗客も黙って座っている。日本のような駅職員による案内放送が続くわけではなく、出発15分ほど前になるとホームに通じる改札口に駅員が来て、チケットにハサミを入れる。どこに並んでも良いのかと思っていたら、違うと身振り手振りで示された。よく見るとチケットはグリーンとあずき色に分かれており、改札口にも同じ色が塗ってあった。私たちがもらったチケットはグリーンであり、グリーンの改札口に並んでハサミを入れてもらった。

 けたたましい発車のベルも鳴らない。時間が来たらドアが締まり、走りだす。思ったほど騒音はない。市街地を抜けるとスピードが上がり、あっという間に時速300キロの表示が電光掲示板に。その後305キロ程度まで上がることもあったが、300キロ強での巡航運転が続いた。

 肝心の乗り心地、3人がけの席では真ん中に座った人がキツイとぼやいていたが、揺れることが少なく、ほとんどの人は快適だったと印象を話していた。日本の新幹線とあまり変わらないとの感想も。日本と違うのはドア付近にスーツケースを収める棚がキチンと作られていることだ。長距離旅行者にとってスーツケースは必需品。日本の鉄道、特にJRは旅客フレンドリーではないと言われているが、こういうところにも差をつけられている。途中、車内販売のワゴン車も通る。小銭がなくて買えなかったが、コーヒーはまずまずの味だったとのこと。

 午前7時半前に出発した列車は約580キロを走行して、午前11時前に瀋陽北駅に着いた(東京から新神戸駅までの距離に近い)。この駅も同じように近代的な建物だったが、東京駅のように従来の鉄道と新線が一緒にある。さらに新線も瀋陽北駅で北京行きと大連行き(私たちが乗ったのは大連行き)に分かれるので、駅構内に乗客の姿は多く、駅周辺には店舗も並んでいる。

 

▽揺れが少なく、快適な乗り心地

乗車したのは、そのうちの一つ。「京哈線(北京-ハルビン間)」もしくは「哈大線(ハルビン-大連間)」と呼ばれる主要幹線。始発駅のハルビンを出て、長春を通って瀋陽まで行き、そこで北京行きと大連行きに分かれる。

これが新線であることは、乗車したのが「ハルビン西駅」、下車したのは「瀋陽北駅」であり、途中通過駅も「何とか西」とか「何とか東」など、日本的に言えば「新横浜」「新大阪」といった、いかにも元々の駅から離れたところにあるらしいことからもわかる。

ハルビンから瀋陽への線路は戦前にロシアや満鉄が敷いた線路に近づいたり遠ざかったりしながらも、ひたすら真っすぐ伸びている。「安重根義士記念館」で有名になったハルビン駅では、ひっきりなしに案内放送が鳴り響き、行きかう客がスマホに向かって大声でしゃべっているなど、喧噪の中にあった。しかしハルビン西駅は別世界のように静かだった。

 巨大なかまぼこ型の駅構内には洒落た売店や新車の展示場などが並び、各ホームに通じる場所には空港のゲート前と同じような乗車を待つ人たち向けのベンチが置かれている。乗客も黙って座っている。日本のような駅職員による案内放送が続くわけではなく、出発15分ほど前になるとホームに通じる改札口に駅員が来て、チケットにハサミを入れる。どこに並んでも良いのかと思っていたら、違うと身振り手振りで示された。よく見るとチケットはグリーンとあずき色に分かれており、改札口にも同じ色が塗ってあった。私たちがもらったチケットはグリーンであり、グリーンの改札口に並んでハサミを入れてもらった。

 けたたましい発車のベルも鳴らない。時間が来たらドアが締まり、走りだす。思ったほど騒音はない。市街地を抜けるとスピードが上がり、あっという間に時速300キロの表示が電光掲示板に。その後305キロ程度まで上がることもあったが、300キロ強での巡航運転が続いた。

 肝心の乗り心地、3人がけの席では真ん中に座った人がキツイとぼやいていたが、揺れることが少なく、ほとんどの人は快適だったと印象を話していた。日本の新幹線とあまり変わらないとの感想も。日本と違うのはドア付近にスーツケースを収める棚がキチンと作られていることだ。長距離旅行者にとってスーツケースは必需品。日本の鉄道、特にJRは旅客フレンドリーではないと言われているが、こういうところにも差をつけられている。途中、車内販売のワゴン車も通る。小銭がなくて買えなかったが、コーヒーはまずまずの味だったとのこと。

 午前7時半前に出発した列車は約580キロを走行して、午前11時前に瀋陽北駅に着いた(東京から新神戸駅までの距離に近い)。この駅も同じように近代的な建物だったが、東京駅のように従来の鉄道と新線が一緒にある。さらに新線も瀋陽北駅で北京行きと大連行き(私たちが乗ったのは大連行き)に分かれるので、駅構内に乗客の姿は多く、駅周辺には店舗も並んでいる。

▽実名制度でチケットに名前

 中国版新幹線である、中国高速鉄道の運行が始まったのは2007年4月。CRH車両と呼ばれる、日本の新幹線に似た車両が標準軌の軌道を時速200キロで走り始めた。その後「4縦4横」(4つの縦断鉄道と4つの横断鉄道を敷く)という拡大路線の下、急速に発展した。世界経済が減速する中で内需拡大という側面があったことも間違いない。

 資料などによると、2015年末までに総延長は2万5000キロメートル。日本の新幹線網を超えた。開通した2007年4月から2015年末までの輸送実績は既に約6億人に達したとされている。中国は一時、最高速度を時速350キロとする計画を立てていたが、2011年7月300キロに引き下げた。その直後の追突事故となったのは、その引き下げが影響したのかもしれない。

 中国高速鉄道の特色の一つが2012年から採用された「チケット実名制度」だ。名前と身分を登録して審査を受けて初めてチケットを購入できる。チケットには乗客の身分と名前が記載される。外国人の場合、身分を保証するものはパスポート。従ってチケットにパスポート番号と苗字が英語で書かれている。航空券のようだ。

中国の旅行代理店が私たちのチケットを一括して購入したので詳細は不明だが、団体旅行のため業者が一括してパスポートを提示するか、番号を伝えて購入したのだろう。個人の場合、高速鉄道は並んでもなかなか買えないという話が日本で出ているが、その仕組みの一端が分かったような気がした。

(続く)