「防災」か「減災」か 人為的な災害リスクを減らす努力が減災

9月1日は関東大震災から92年目の「防災の日」。各地で避難訓練など様々な催しが行われたが、東日本大震災を経てみると違和感が残る。その最大のものは、安倍晋三首相が出席して行われた総合防災訓練だろう。

 

 午前9時に訓練用の記者会見をした安倍首相の発言。「本日午前710分、東京都多摩東部を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生し、首都圏を中心に広い範囲で甚大な被害が発生し、多数の死者が発生しています」と言った後、間をおかず「なお原子力発電所についてはすべて異常なしとの報告が入っています」と続けた。

 

 地震発生から、わずか2時間弱の会見である。原発によっては緊急停止し、その後の処理に問題がないか、地震で発電所全体にどんな被害が生じているか、など緊急点検が行われているはずの時間である。

 

 甚大な被害が発生しているのに、どうして原発だけは異常なしと断言できるのか。訓練であっても、一国の総理が日本中、全世界に向けて発信するメッセージがどうあるべきか考えていないと言わざるを得ない。原発再稼働をさせたい官僚が作文した、あまりに嘘くさい安倍会見。東日本大震災と東電福島第一原発事故を経験してまだ、こんなことを平気でいう神経にあきれる。

 

 このいい加減さは「防災」という言葉がもたらしているとも思える。「一人の犠牲もださせない」という言葉が東日本大震災後、あちこちで声高に語られている。しかし、誰もがあり得ないとも分かっているはずだ。だとしたら、災いをどうやって減らすことができるかという「減災」に力を入れるべきである。

 

 今年3月、仙台市で開かれた「国連世界防災会議」の英文名称は「災害リスク減少のための国連世界会議」だった。地震、火山噴火、大水害、干ばつなどの大規模な自然災害を防ぐことは不可能だ。犠牲者をできる限り少なくするためには、災害のリスクをいかに減らすかが問われる。防災会議のパブリックフォーラムでは、非政府組織や民間の代表から自然の生態系を生かしたリスク削減の有効性などが積極的に提案された。

 

 大規模な自然災害がいつ何時襲ってくるか分からないとしたら、減らすことのできるリスクの最大のものは何といっても原発だ。東日本大震災でも、津波だけの被害に襲われた地域の人たちは、元の地域に完全復帰できなくても、何とか復興の足掛かりは得られている。しかし福島第一原発周辺の人々は復旧にも至っていない。

 

 自然災害は人為的になくすことができないのだから、そのリスクをどう減らすのか。問われているのに、安倍宣言は「甚大な被害発生」に続いて、何の根拠も示さず「原発は安全」と宣言した。思考停止と言わざるを得ない。大噴火の恐れが消えない桜島から約50キロにある川内原発は再稼働してフル稼働に入ったばかりである。こんな「訓練」が役に立つのか。背後にいる官僚たちは、再び「想定外」でごまかすつもりなのだろうか。

 

 1日のNHKニュースでは先生に引率されてだろうか、親子が手をつないで、列を組んで「避難」している光景が映し出されていた。東日本大震災が起きた2011年の前から変わらない光景だ。

 

 そんな折、同じNHKが8月30日朝の静岡ローカルで、袋井市の幼稚園での「抜き打ち避難訓練」を報じていた。テレビカメラが入っているのだから、完全に抜き打ちではないが、園児たちは自分たちでそれぞれ防災用具を身にまとい、「てんでんばらばら」に近くの避難タワーに駆け上っていた。1日の先生の先導で列を乱さず行進という避難訓練風景とは大違いだ。映像に映っていた避難タワーは同じ静岡県の吉田町のものとよく似ている。東日本大震災後、直ちに建設したのではないか。それを幼稚園児たちは自分のものとしている。

 

 岩手県宮古市鍬ヶ崎も防潮堤がなく、巨大津波に襲われた。しかし、その中の日立浜という集落では、1人の老人が自分の船を見に行って犠牲になっただけで、集落の住民全員が津波が襲来する前に避難して無事だったという。日常的に避難訓練に取り組み、避難道、標識などを整備するなど、津波被害を前提とした対策を取っていたためと、地区の責任者は話している。

 

 東京新聞によると1日の訓練では、立川市の昭和記念公園で小中学生による、建物火災への消火体験も行われたという。消火器を使ってみるという体験自体は悪いことではない。しかしNHKはニュースで、「被害が最も大きいとされる場合、揺れや火災などで全壊または消失する建物は41万2000棟、死者はおよそ2万3000人、死者のうちおよそ1万6000人は火災が原因とされています」と報じている。専門家によると、ただの火災ではない。火災旋風となって周囲一帯を焼き尽くす恐れが強い。とても家庭用の消火器で消火できるレベルではない。そうした状況を想定しながらの、家屋に向かっての消火体験。戦争中の「防空法」を思い浮かべたのは私だけだろうか。

201591日)