TPPの本質は、米国による他国の基本的人権の侵害だ

環太平洋戦略貿易協定(T PP)の首席交渉官会合が1月26日、2月1日までの日程で始まった。新聞各紙の報道を読むと、日米で「焦点」となっている農業や自動車交渉の動向、あるいは「知財分野」協議の方向などに焦点をあてた記事ばかりだ。

 しかし、今日まで明らかになったTPPの問題点はもっと深く、一方的に自国の利益を要求しているように見える米政府によって、関係諸国民はそれぞれの国の憲法に保障された基本的人権、生存権を脅かされることになる危険性が強いと言わざるを得ない。

 今回の首席交渉官会合は「最後のテクニカルな交渉」といわれている。ここで米政府の歩み寄りがみられて大筋合意できれば、3月の閣僚級会合で政治的な決着を付けるというシナリオらしい。しかし実際は「歩み寄り」ではなく、ここから米政府の強引な押しつけが始まる恐れが強いという。

 そんな、ギリギリの状態の中「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」が設立された。民主党政権時代からTPPの問題点を追求してきた山田正彦・元農水相らが中心になり、昨年秋から準備してきたもので、1月24日に東京・秋葉原で開かれた設立総会で話を聞いた。

 総会では代表に前日本医師会長の原中勝征氏、幹事長に山田正彦氏を選出。違憲訴訟弁護団共同代表、岩月浩二弁護士が「グローバル資本に対抗する新たな法理論の構築に向けて」とした訴訟方針の提案を行った。この中で岩月弁護士は訴訟の目的を①TPP交渉の差し止め②TPP交渉の違憲確認③(象徴的)損害賠償-の3点と説明している。

 米国は1990年代以降「法律のグローバル化」を協定相手国に要求しているが、弁護団はこれが国家の主権や統治機構を否定するものだとして、極秘交渉による国会の条約承認権の侵害、司法権の侵害などを根拠として違憲を主張するとしている。また憲法13条で保証されている「人格権」、同25条の「生存権」、さらには同21条の「知る権利」も侵害するものとして裁判を展開するとしている。

 発足した「訴訟の会」よりも早く設立し、協力して運動している「TPP阻止国民会議」には元日本弁護士連合会会長で、昨年1月の東京都知事選にも立候補した宇都宮健児弁護士も副会長として参加しているように、TPP問題は農業などよりも法的な問題点の方が大きい。弁護士会でもようやく大変な問題との認識が高まってきた。

 それにもかかわらず、日本国内の報道は経済記者が主体となっているためか、TPPがもたらす基本的人権の侵害の有無についての認識はほとんどないようだ。なおかつ日本の外務省あたりのブリーフィングを基にしているのだろうが、「米国は早く決めたいので譲歩する姿勢だ」などとする楽観論が紙面に登場している。しかし「譲歩」というのは大変なくせ者のようだ。

 そのあたりを設立総会での記念講演をしたニュージーランド・オークランド大学のジェーン・ケルシー教授が説明している。

 問題は、米国で国際協定が成立するまでの仕組みだ。ケルシー教授によると、2つの政治的なプロセスが必要だ。一つは「承認手続き」(Cerification)、もう一つはファスト・トラックとして知られる「大統領貿易促進権限」(TPA)。

 このうちの「承認手続き」については、国際NGO団体が「NPO:NO certification Org」というホームページを作成して詳しく説明している。最近、日本の「STOP TPP!!市民アクション」というグループが邦訳したので、それを見ると分かりやすい(tppnocertification.org)。

 それによると、承認手続きというのは米大統領権限で、「協定相手国が協定遵守に必要となる国内法や諸政策を米国側の期待を満足させるように変更したと米政府が承認するまで、自国の国内承認プロセスを完了したと相手国に公式に通知するのを保留」ものという。従って米国政府が「他国が協定内容を(米国が求めるように)実施した」と承認しない限り、TPPは発効しない。つまり協定相手国は、TPP発効前に米国の要求に従って、さまざまな関係国内法の改正や政策の変更手続きを完了していなければならない。米国側にはこうした義務はなく、一方的な承認手続き義務となっている。承認手続きは法律だけでなく、広範囲の措置に適用。規制措置、制度・規制上の取り決め事項、政令なども対象で、例えば米国など外国企業が公共工事に参入できるように各自治体が英文の申請書式を整えておくことなどが求められるという。

 米政府がこの承認手続きを採用したのは1988年の米加自由貿易協定(CUFTA)が最初だったが、1993年の北米自由貿易協定(NAFTA)の締結交渉で、問題点が顕在化した。しかし法改正などを拒否することは自由貿易協定(FTA)を結ばないという決断以外になく、FTAを結んだ国は要求を飲んでいるという。米韓自由貿易協定でも、協定発効のための諸条件として「本協定の諸条項を遵守するために必要な諸手段を韓国政府が措置したと米国大統領が判断した時にはじめて()米国大統領は()覚書を交換する権限を与えられる」と明記されている。米政府は今回、TPPという多国間協定にも同じスタイルを持ち込んでいる。

 さらに、この承認手続きというプロセスは米政府に、既に交渉を通じて達した合意を書き換えさせる「テコ」になっているという。つまり協定に署名し発効した後でも、追加的な譲歩を確実に獲得させる可能性がある。実際に米国が交わした二カ国間のFTAでは、交渉中の「譲歩」や「妥協」などが承認手続きで「修正」されたケースがいくつもあるという。この中で、「()企業があからさまに要求した諸変更を相手国側にさせるために、承認手続きまで長時間の遅延が生じることが多い」と国際NGOのレポートは結論づけている。なおかつ、この間に相手国は米国が気に入るように法律や政策に変えられてしまっているのだ。

 これでは国際交渉が進まないというので設けられているのが、ファスト・トラック(大統領貿易促進権限=TPA)だ。これは議会が大統領に対して、議会での採択前にある協定の交渉・署名および加入の権限を与え、その上で議会が一括承認するか否決するかを90日以内に投票することを保証。協定にいかなる修正も許さないだけでなく、審議する時間も制限できる。政権にとっては是非とも得たいものだが、オバマ大統領は現在TPAを有していない。

 オバマ大統領は議会に対して強く求めており、日本のメディアの中にはTPAは確実というような報道もあるが、ケルシー教授は否定的だ。第一にTPAを大統領に付与する決定権は、昨年の中間選挙で共和党が大勝した米下院にある。与党である民主党の下院議員はTPAに反対、野党で大多数を占める共和党も「茶会」メンバー中心に大統領への反発が強く、すんなりと要望に応えるとは思えない、とケルシー教授はみている。

 そうなると政府間で合意しても、米国内では承認手続きが長引くことは避けられない。課題はTPPでは交渉内容が全く非公開で、「交渉文書は協定発効後4年間、秘匿される」という取り決めになっていることだ。米議会にも交渉文書の秘匿には批判、不満が強いという。

 それでも他国の法律、政令などを書き換えさせ、政策を変えさせようとするのだから、結構まとまりやすいかもしれない。一方、日本では国会や、行政府、地方自治体などの間でTPPへの疑問、批判、不満などの声が上がってこない。考える力がないのか、それとも「米国は同盟国」だから頼り切っていれば大丈夫とでも思っているのだろうか。しかし、押しつけられるだろう法律の中身やレベルは、右翼が叫んでいるような日本国憲法の比ではない。

 訴訟の会に参加、あるいは参加しようとしている人たちは、ネトウヨたちが叫ぶような「反日」ではない。むしろ、かつての保守本流に近い人や議員が多い。こういう人たちの方が本質的な意味で「基本的人権」を考えてきているのではないか。そんな気もする。通常国会が26日から始まったが、心ある議員は政府に米国の「承認手続き」を質問してもらいたいと思う。(2015年1月30日)