世界防災会議で浮かび上がった異質な日本の「防災」意識   生態系の活用で減災図る世界、コンクリート化に戻る日本

仙台市で314日から18日まで開かれていた「第3回国連防災世界会議」が「仙台行動枠組」を採択して終了した。政府間協議とは別に、市内各所でパブリック・フォーラムが連日開かれ、満員で立ち見者が出るフォーラムも出るなど盛況だった。

 第2回が2005年に阪神大震災で被災した神戸市で開かれ、第3回が東日本大震災の傷跡の癒えない東北を代表して仙台市で開かれたため、国内では震災との関係ばかりが強調されているが、世界中では様々な災害が起きている。世界会議は、こうした災害に対して各国政府や、NGONPO、市民が知見を共有して、危険性を軽減されるために前進しようというものだったはずだが、どこまで「成功」したのか。なんとなく微妙だ。

 その第一は、日本政府が原発事故を枠組の対象から外そうと策動をしたことだ。そのことをきちんと指摘した新聞は、残念ながら東京新聞しか見当たらなかった。このままでは世界から笑われてしまうのではないかと心配していたが、19日付の朝日新聞夕刊によると、18日深夜までずれ込んだ枠組作りの中で、原発事故を含む「人が作る災害」が指針に盛られたという。同記事によると、政府間協議に参加していたNGOネットワーク「JCC2015」の代表は「大きな前進」と評しているとのこと。

 海外から来た参加者たちは、世界会議の前後や期間を通じて各地の被災地を訪れている。当然、東電福島第一原発の爆発事故で避難を余儀なくされている福島県内もいくつかのグループが訪問した。世界中が、事故処理の行方を見守っている状況にもかかわらず、原発事故を「災害」の対象から外そうとした日本政府の姿勢に(ODAによる援助を期待している国の代表を除く)海外からの参加者はあきれたのではないか。

 もう一つは、地球温暖化による気候変動と自然災害の問題だ。国内でも集中豪雨や豪雪、大規模土砂崩れなど従来みられなかった自然災害が頻発、地球温暖化と何らかの関係があるとの見方が多数を占めるようになってきた。しかし日本政府および、その代弁者である読売新聞などは途上国と先進国の対立問題に矮小化した見方に終始しているようだ。しかし世界会議は協議の中で、気候変動と自然災害を枠組の対象とすることを決めた。今後、気候変動と地球温暖化の要因をめぐる議論が様々な国際会議の主要テーマになるに違いない。

 

 国際会議をみていて気づいた点がある。英文の正式名称のどこにも「防災」という言葉がないことだ。今回の会議は「World Conference on Disaster Risk ReductionWCDRR)」。訳せば「災害のリスクを減らすための世界会議」となる。ちなみに神戸の会議の際は「World Conference on Disaster Reduction」だった。当初から災害を減らす、つまり「減災」会議なのだ。さらに今回「リスク」を入れ「災害リスクを縮小する」というテーマとしたことは、様々な災害に対する具体的な対策を検討していこうということではなかったか。

 これに対して国連が入れていない「防災」を日本語のタイトルとしたことで、国内では「災害は防げる」、さらに「ハードの強化で安全・安心」という新たな安全神話が生まれてしまった恐れも強い。そう考えざるを得ないのは、日本が提唱したという「ビルド・バック・ベター」(より良い復興)の内実を疑わざるを得ないからだ。

 復興予算を別に流用して食い荒らしながら、必要性に疑問がいくつも示されている巨大防潮堤建設を「より良い復興」のシンボルとしようとしている政府と宮城県などの自治体。その姿勢に迎合して、「人よりコンクリート」を重んじるような大手マスコミ。政府間協議から垣間見えてくるのは、そんな状況だった。

 

 しかし国際会議週間に、実りがなかったわけではない。政府間協議に平行して開かれたフォーラムでは「生態系を活用した減災」というテーマが目についた。日本の環境省も主催者に名を連ね、環境大臣があいさつした「公式」フォーラムは満員だった。「エコDRR」という言葉が、登壇者から相次いで示され、特にマングローブ林の再生や湿地の保全などと自然災害の低減が立証されたことなどが報告され、生態系を活用した減災は安価で最も有効な方法であるとの認識が出ていた。世界的な異常気象に伴う大災害にあって、国際的な環境保護団体が「持続可能な開発と環境保護」との視点から、災害リスクを軽減させる活動を進めているとの報告には日本も学ぶ点が多々あると思えた。なかでも生態系を活用した減災は「後悔しない戦略」という発言は魅力的だった。

 日本国内では地震・津波被害と防災会議の関連ばかりが強調されたが、世界で起きている自然災害で最も脅威となっているのは干ばつである。続いて台風(サイクロン、ハリケーンなど)の気象災害が猛威を振るっている。干ばつと洪水は地球上の各地で絶えず発生し、多くの人命と財産が失われている。これらを「ハード」つまりコンクリートで守ることなど不可能である。

 それにもかかわらず、安倍政権の「機関紙」化している読売新聞は319日付朝刊で「日本の知見 外交カードに」「途上国への貢献アピール」と、さもコンクリート主義の日本が減災の先進国であるかのような記述をしている。記事の中では、原発事故災害を「行動枠組」の対象から外そうとする策謀の中心になったに違いない外務省幹部の話として「日本の得意分野である『防災』を世界にアピールする絶好のチャンスだった」と世界会議の目的を語っている。しかし何かと「想定外」を繰り返す日本は「防災」の先進国なのだろうか。

 

 世界会議が開催された仙台市の港湾部に「蒲生干潟」という、国指定の仙台海浜鳥獣保護区の特別保護地区に指定されている干潟がある。七北田川の河口部にあり、かつては日本一低い山と認定されていた日和山や、伊達政宗の命により掘削された「貞山運河」などがあったところだが、震災による津波で干潟やその後背地が広く浸水した。

 この干潟の再生を地元の高校生たちが考えた。東京都の葛西臨海公園をモデルに、干潟や運河、防災公園などを一体化した「ひかり集うGAMO」という「楽しい防災公園」プランだ。彼らによると、蒲生には日本一が3つもあるので、それを活用して川遊びや、海水浴などを楽しみながら、災害についても学ぶことができる公園プランという。貞山運河を整備し直すことで、仙台空港から松島まで水上バスなどで行き来できるようにもなる、と提案している。地権者や地域の話し合いに参加してプランをいろいろ考え、現在は第4案まで作成したという。

 非常に有力で、仙台活性化に多いに役立つと思えるのだが、宮城県や仙台市は拒否の姿勢らしい。行政は干潟の一部だけを残し、その内側を巨大な防潮堤で覆い、津波で人家などがなくなった土地を工場用地として開発する考えだという。1970年代の高度成長期のまま発想が「コンクリート化」し停止してしまったとしか思えない。それどころか、地元のテレビニュースによると、高校生たちが通う多賀城高校の校長は顧問の教授と高校生たちを呼び「高校生が住民運動をするな」と圧力をかけているという。これが「防災」会議のホストとなった宮城県、仙台市の行政の意識だとすると情けないし、会議の成果は怪しくなる。

 

 フォーラムには原発事故関連もいくつかあった。その一つ「脱原発をめざす首長会議」が主催した「原子力防災と自治体の役割」というフォーラムでは、全村避難を余儀なくされている福島県浪江町の馬場有町長と、市内が3様の対応を迫られている南相馬市の桜井勝延市長が、伝えられなかった避難指示とその後の苦しい状況を報告した。中でも桜井市長は、市内が線量によって居住できる地区と「準備」地区に分かれているだけではなく、単に20キロという線で国家の賠償範囲を狭めており、地域と人が分断されていると訴えた。桜井市長は分断の理由として「東電と国に刃を向けさせないためだ。沖縄と全く構造が同じ」と指摘、原発いらない宣言を行った。

 福島県も、自治体によって原発事故への対応が分かれている。しかし茨城県東海村の村上達也・元村長は1999年に起きたJCOの核分裂事故の経験を踏まえ「地元の首長が一番頑張っている」と強調。福島県などの対応を含めて「国や県などを信じてはいけない」と締めくくったのが印象的だった。

2015323日)