被災者がプレハブ仮設住宅から出られない原因

 東日本大震災から3年半たったが、被災住民に寄り添った復興の道は見えてこない。それどころか、元総務相の増田寛也氏と日本創成会議が発表した「消滅する市町村523」という衝撃レポートを基に政府は「選択と集中」を旗印にした「地域拠点都市」だけにする地方戦略を進めようとしており、このままでは被災者はさらに取り残される恐れが強い。

応急仮設と宅地開発のずれ

 「増田レポート」についてはあらためて検討したいが、マスコミが3年半の経過で取り上げている「プレハブ応急仮設住宅」の問題点を考えてみたい。朝日新聞の調査によると911日現在、プレハブ仮設住宅数は岩手、宮城、福島3県で41384戸、89千人あまりが居住している。政府が今年31日現在でまとめた仮設住宅数は44211戸だったので約3千戸減ったことになる。報道では、住み続けている人にカビに悩まされたり、床の歪み、土台の劣化などに悩んでいる人が多いという。

 こうした声を受けて、なぜ早く住宅再建ができないかという、その場限りの無責任な発言も出ているが、そもそも建設開始時にプレハブ仮設住宅の持つ本質的な問題点を認識していたのだろうか。仮設住宅は3年以上の居住を前提としておらず、更地にして戻すためにプレハブ仮設はいずれも地面に丸太の杭を打って、その上に建てられている。

 災害救助法の基準で各戸の面積は29.7平方メートルの2DKと一律で定められ、今回の震災では費用は全県一律1戸当たり2387000円の建設費とされた(基準では253万円以下)。しかし実際は、この予算では済まず壁に断熱材を入れたり、水道管破裂防止、バリアフリー対策などで実際は617730万円かかった。ただ、これは震災翌年の2012年に行った中間とりまとめ時のデータなので、現在はさらに補修工事などで各戸数百万円かかっているため、総額では1000万円を超えていることは間違いない。

 最初からこれだけの費用をかけていれば住みやすい仮設住宅ができた可能性があるし、直接被災者に渡せば住宅再建も早まっているに違いない。それを拒んでいるのは、旧来のスキームから一歩も出られない国、地方自治体の体制といえる。

 もう一つ、重要な問題は東日本大震災の被災地は津波で壊滅的な破壊を受けたことだ。復興という視点からすると、阪神・淡路大震災とこの点が極端に異なる。阪神・淡路大震災では瓦礫を撤去した後、更地に民家や商店街などの都市を再設計できた。しかし東日本大震災では、津波で壊滅的な破壊を受けた浸水エリアの大半は、居住を禁止するという方針が最初にたてられた。そこで居住していた住民は必然的に高台に移転するか、盛土して地盤を高くしたところにしか住めない。高台に居住区を作るには山を切り崩して平地を作り、そこで出た土を浸水域よりも内陸に入った平野部に盛るという工事が必要であり、都市設計や土地の収用などを考えると2、3年で完成できるものではない。その分、仮設住宅での生活が長くなることは最初から分かっていたはずで、それに対応した仮設の設計を行うべきであった。

再建をおかしくする巨大防潮堤

 さらに再建をおかしくしているのが「巨大防潮堤」だ。復興構想会議の結論を受けて、中央防災会議は破壊された防潮堤(海岸堤防)の復旧基準を決めた。被災した3県の海岸線延長約1700キロのうち、防潮堤が設置されていたのは約300キロ。そのうち全半壊したのは約190キロだったので、「復旧」であれば190キロ分を修復すれがいいはずだが、中央防災会議は千年に一度の巨大津波に耐えられる防潮堤を「L2」、数百年に一度程度の津波を「L1」とレベル分けし、復旧するのはL1レベルに「抑え」、3~5年以内に建設。L1で一定程度津波の力を抑えられることを前提に、L2津波による浸水深を推定、2メートル以上の浸水が予想される場所は原則として住宅、病院、学校、市町村役場の建設を禁止するという方針を打ち出し、面的防護で「津波から住民の生命・財産を守る」とした。

 一見、問題がなさそうな考え方のようにみえるが、この方針が復興順序の逆転を生んでしまったと思われる。さらに中央防災会議では示さなかった堤高について、国や県が国税で支出できる最大限(財務省が認めた範囲)まで伸ばし、この高さを一切削らないとしていることが大きな問題となっている。後背地に住宅、病院、学校などがない地域、例えば農地などは中央防災会議の「復旧」基準から外れているが、宮城県は農地や丘しかないようなところにも巨大防潮堤の建設を強行しようとしている。

 予測浸水域の想定など実際にL1級の防潮堤ができなくても簡単にシュミレーションできる。予測浸水域から離れたところに土を盛って住宅地を作ればいいし、実際に作業は始まっている。高台移転では移転先の抽選を行っている自治体もある。

 それにもかかわらず、宮城県では村井知事がかねてから防潮堤の建設ができなければ高台移転や盛土も不可能であるかのような世論形成を進めてきた。マスコミも安易に同調した防潮堤ありきの姿勢が、どんなまちを作るのかという根本的な課題を考える場を奪っている。

 肝心の中央防災会議で津波被害軽減策をまとめた河田恵昭・関西大学教授は710日、外国特派員協会で行われた記者会見で、「(後背地に)農地しかなければ防潮堤はいらない」と明言した。防潮堤そのものの考え方も「安全・安心」のためではなく、避難を前提としたものであるとも強調している。しかし税金で造ることができるとなると、こうした意見は顧みられなくなる。

▼機能しない過去の制度、政策

 しかし、巨大なコンクリート構造物に沿岸を囲まれた北海道・奥尻島では地震・津波災害から21年経って人口減少が著しい。「増田レポート」でも消滅可能性都市の第4位にあげられている。消滅の恐れが著しい原因は漁業と観光という島の2大産業が大幅に衰退しているためだ。コンクリート防潮堤が衰退に拍車をかけているとの懸念は、島内外に強い。

 東北の沿岸部もこのままコンクリートの巨大防潮堤に囲まれていけば、人口流出は止まらないのではないか。地方の過疎化は震災前から進行していたが、東北で過疎化が加速化しているのは将来のまちの行く末が見えないからではないだろうか。

 慶応大学の小熊英二教授は「(災害復興に)資金は投じられ、職員は熱心だ。しかし復興計画やその実行方法が適切でない」ことが、こうした事態を招いていると指摘している。事態を招いているのは「経路依存」になっているためという。経路依存とは「過去の制度や政策決定が硬直し、状況の変化に不適合になっているにもかかわらず、柔軟な対応ができない状態」としている(月刊「世界」20144月、5月号「ゴーストタウンから死者は出ない」)。

 日本全体が「経路依存」状態ともいえそうだが、機能しなくなっている「過去の制度や政策」はいずれも高度成長期にまとめられたものだ。高度成長期に、それまでの先人たちの知恵を捨て大量生産・大量消費に代表される、持続もできず再生産されない社会がつくられてきた。しかし大震災によって今日の状況の変化に適合しなくなったことが分かった以上、行政の指導者は別の道に耳を貸す義務がある。

 

201400919