防潮堤問題

「改めて先人に学び、子孫に伝える-防潮堤問題から考える地方の行く末-」と題したかながわ311ネットワークの防潮堤勉強会を823日、かながわ県民センターで開催した。私も同ネットの監事として勉強会を企画、北海道・奥尻島を取材した報告をしたが、この勉強会では先人の教えをあらためて認識することができた。

 最近発生した80人近くの犠牲者を出した広島市の土砂崩れでも、先人たちは被災した地域について危険性を示そうと地名に残していたことが分かった。自治体のハザードマップで自分の住んでいるところの危険性を調べることは重要だが、先人たちが地名など様々に残した警告を学ぶ必要性が再認識されている。先人たちは土地の危険性だけでなく、自分たちで管理する里山、里地、里海の維持こそが被害を軽減させ、持続可能な成長の道標であると教えているのではないだろうか。

「稲むらの火」の教え

 講演では、環境デザイナーで東京大学空間情報科学研究センター協力研究員の廣瀬俊介さんが「気仙沼津谷・小泉地区災害復旧代替案-生態系を基盤とした防災・減災」と題して、気仙沼市などに対して行政が強引に建設しようとしているコンクリート製の巨大防潮堤に代わり、「自然に還る海浜と川を擁する小泉をつくる」代替案を示した。

 この中で廣瀬さんは、1854年の安政南海地震津波時の「稲むらの火」のモデルとなった濱口悟陵が私財を出して和歌山県広村(現・広川町)に造った、浸水に対し地面に傾斜を付けて水田に導くような形の堤防を紹介。安政南海地震津波では広村全域に被害が出たが、1946年の昭和南海地震津波では堤外の水田に津波が流れ、水田が遊水池となって大半の家屋が被災せずに済んだ事例を示し先人の知恵に学ぶべきと指摘した。

 また「本来、海岸堤防は波打ち際に設けるのではなく、堤防と汀線との間に緩衝帯としての前浜を用意するのが、堤防および守る区域の安全のためには望ましい」とした専門家の説(高橋裕氏「川と国土の危機」)なども紹介し、代替案では緩衝帯を設けた津谷川流域という考え方を強調。氾濫域周辺では昔から神社や山の神が祭られていることを踏まえ、こうした神社や山の神に託した先人の教えに学ぶ必要性を訴えた。


▼里山からの湧水が海を豊かに

 勉強会ではまた、株式会社海藻研究所の新井章吾所長が「里山、里地および里海の伝統的管理手法による物質循環から考える震災被災地域の活性化」について講演した。新井さんは、環境や水利、土地活用など様々なものが産業的に循環しなければ地域は生き残れないとして、一次産業の現場に入り水産と環境のコンサルタントとして活動中。

 東北では大震災後インフラ整備は進んだものの、この間に人口流失や産業の衰退傾向が続いている。しかし過疎化の進行は大震災の前からの課題であり、物質循環の修復による一次産業の活性化が過疎化を食い止めるためには最も有効と指摘した。

 一次産業が活性化できるかどうかの例として南三陸町伊里前・洞の浜一帯の海水を分析した結果を紹介。里山からしみ出してくる湧水が湧く海中では甘い味の海水となり、砂地にカキの餌となる珪藻類が育ち、古くからカキ養殖の「ドル箱」となっている。一方、外海から入ってくる海水は辛い味で昔からカキ養殖はできなかった。山からと外海からの水循環が養殖業を支えてきたが、里山を崩し防潮堤で陸と海を遮ると循環が断たれ、漁業は崩壊する恐れがあると強調した。

 海辺に打ち上げられるとゴミとして焼却されてしまう海藻類について、かつては畑にまいて肥料として活用していた事例が全国にあるとし、農協主導による科学肥料中心の農業経営で廃れたが、海藻肥料は味がよくなり農薬を減らす効果があるとして、海藻肥料の商品化で生業を成り立たせようとするグループの動きなどを紹介。全国各地で海藻と湧水を利用した一次産業活性化の動きが出ている一方、雨水を地中に浸透させる昔からの方法に替わって、地面をコンクリートで覆うことによって湧水もなくなるなど、このままでは一次産業は成り立たなくなると批判した。

 被害総額を上回る復旧・復興費が注ぎ込まれた奥尻島では、1993年の北海道南西沖地震津波の前まで島の2大産業だった漁業と観光がいずれも衰退している。巨額の復興費で総延長14キロに及ぶ高さ10メートル級の防潮堤が島を覆ったが、島が潤ったのは「復興バブル」として土木事業で賑わった時だけだったという。島は2040年頃には人口約1500人と最盛期の6分の1にまで減り、限界集落化の恐れが出ている。土木に頼った地域の活性化はあり得ず、東北の人たちは奥尻を「他山の石」として子孫に何を残すのか真剣に検討するべきだろう。

 

2014831日)