「風見鶏」                                                               「ダレスの恫喝」を持ち出し、歴史認識迫ったプーチン大統領日露首脳会談で領土問題大幅後退、残ったのは「ため口」ばかり?                                                                                   「ダレスの恫喝(どうかつ)」という言葉があるとは知らなかった。

 「ダレスの恫喝(どうかつ)」という言葉があるとは知らなかった。ダレスと1950年代アイゼンハワー米大統領の国務長官だった人物。この言葉を直接ではないが、提起したのはプーチン・ロシア大統領だ。今月、鳴り物入りで報道された日露首脳会談の終了後記者会見での発言である。不思議なことに、テレビ各社はもとより翌日の新聞各紙にも出ていない。かろうじて出ていたのは産経新聞の会見要旨だけだった。

 その産経新聞によると、日露首脳会談後の共同記者会見で、プーチン大統領は北方領土問題に触れ、次のように語ったという。「領土をめぐる歴史のピンポンをやめるべきだ。双方の主要な関心は、最終的な、そして長期的な解決にあるということを理解すべきだ。ソ連と日本は1956年に共同宣言に調印した。

だが、当時のダレス米国務長官は日本を脅迫した。もし日本が米国の利益を損なうようなことをすれば、沖縄は完全に米国の一部となるという趣旨のことを言ったた。」産経は会見要旨だけだったし、残る各紙は申し合わせたように無視したが、ウェブ新聞のハフィントン・ポストが報じ、それがフェイスブックなどで流れたので初めて知った人も少なからずいるはずだ。

 東京新聞がようやく20日付け朝刊に「Q&A」というコラムで「ダレスの恫喝と呼ばれる一件」と報じたが、他の全国紙は無視したままだ。なおかつ、プーチン発言だけの文脈では何を言おうとしているのか、分かる人にしか分からない。ただ、一部では承知の話らしい。NHKは昨年2月11日深夜「持論公論」『戦後70年・北方領土交渉過去と展望』と題する解説委員の対論を行い、そこで岩田明子解説委員が「ダレスの恫喝」について言及している。残念ながら、この公論は深夜に放送されたので、視聴者は少なかったとみられ、あまり話題になっていない。私も今回、アーカイブで初めて知った。

 1956年当時の日ソ交渉を振り返ってみると、プーチン大統領の発言は「北方領土としての4島」の件ではないことが分かる。歯舞、色丹という56年の日ソ共同宣言で合意した2島返還をめぐる認識ということだ。

1993年に発刊された『日露二〇〇年―隣国ロシアとの交流史』(ロシア史研究会編、彩流社刊)という書籍がある。この中で和田春樹東大名誉教授(当時は東大教授)が「戦後の日ソ交渉の再検討」と題して、1956年当時の日ソ交渉の経緯と背景、「ダレスの恫喝」について解説している。

 和田教授によると、1950年代初頭、ソ連は全千島、歯舞、色丹、南サハリンを一切日本に返さないだろうと日本や米国は判断していた。日本は1952年サンフランシスコ平和条約を調印して国連軍の占領から脱却し、独立したものの米国の「傘」の下に入った。サンフランシスコ条約で、日本は南サハリン(樺太)とクリル諸島を放棄したが、ソ連は条約に加わらなかった。

 このため日本はソ連と個別に平和条約を締結することになり、放棄を宣言していない北方領土の返還と平和条約がセットになって交渉が進められた。当時は米ソの冷戦下にあり、米国と日本は平和条約の前提として2島返還要求で頑張り、交渉を行き詰まらせようと考えた。しかしフルシチョフは予想に反して2島の返還に応じる考えを示した。

 この動きに、交渉妥結と平和条約締結によって日ソの関係が良化することを危惧した米国と日本の吉田茂らは、新規に「4島返還論」を持ち出した。1956年の交渉では、ソ連が4島を拒否する中で、当時の重光葵外相が2島返還での平和条約締結を決意。ロンドンでダレス米国務長官に会い、締結案を示した。これに対して「2島返還で(ソ連と)合意するなら、米国は沖縄を返還しない」と述べたのが「ダレスの恫喝」とのことらしい。この恫喝は担当者が産経新聞にリークし、産経の特ダネとして日本国内に大きな波紋を呼んだ。というのが、和田教授の論旨だ。

 1956年の日ソ共同宣言第9項で「日ソ両国は平和条約締結後に歯舞群島と色丹島の2島を日本に『引き渡す』」と明記した背景には、いろいろな思惑、問題があったのだ。「ダレスの恫喝」自体は産経のスクープがあり、昨年のNHK番組のように知る人は知るという状態だったのだろうが、重要なのはオフィシャルな記者会見という場でプーチン大統領が内容をきちんと発言し、改めて問題提起したことだ。ほとんどの新聞、テレビがネグレクトしてしまえば、なかったことにできるという問題ではない。国際的に知られてしまったのであり、会見に同席していた安倍首相は否定しなかったので、日本政府としても「ダレスの恫喝」を公式に認めていることを示した。日米安保の問題もプーチン大統領は指摘したという。当然だろう。

 産経新聞で抜けていたプーチン発言の部分を読売新聞12月20日付け紙面(「スキャナー」)から探ると、プーチン大統領は「ウラジオストクの少し北方には我々の海軍基地がある。日本と米国の特別な関係があるなかで日米安保条約がどのような立場を取るのか。ロシア側の懸念に考慮してもらいたい」と具体的に言及している。日米安保体制下で、返還したらそこが米軍基地になってしまう可能性を否定できない。今回も事前交渉で「米軍の基地」の可能性を聞かれたが、日本側は返事できなかったという記事を別の新聞で見かけた。

 ロシア側から見ると、日米関係をきちんとしていない限り日本の領土とすることなど、とんでもないことだ。日米安保によって米軍は日本領土内の好きなところに基地を設けることができる。実際に日米両国が沖縄の辺野古や高江でやっていることをみると、否定できない。だから安倍首相が民放番組に出演したさい「(56年の日ソ共同宣言には2島の)主権を返すとは書いていないというのがプーチン氏の理解だ」と語った背景もよく分かる。

 問題はプーチン大統領が記者会見で話した極めて重要な内容を、大手のマスコミ各社がネグッたことだ。「1ミリでも進ませる」と豪語していた安倍首相だが、どんなに繕っても前に進むところか、何メートルも後退してしまったことは間違いない。「ウラジミル」とか「君」などの「ため口」で対等以上に見せかけていた安倍首相だったが、巨額の投資に同意したことでG7によるウクライナ問題での制裁包囲網を破ることになり、国際的には「重い荷物」を背負ったことになる。

(2016年12月22日)