防潮堤は浸水被害の低減レベルで                                           国交省懇談会が新しい規模を提言へ                                       避難計画や後背地整備の役割大きく

東日本大震災後の沿岸地域「防災」で、巨大防潮堤建設ばかりが進んできた計画にようやく理性的な判断が示されようとしている。国土交通省水管理・国土保全局が中心になって見直そうとしている津波防災地域づくりと、巨大防潮堤建設などによってなくなっていく砂浜保全について、学識経験者ら10人の委員に依頼して審議を重ねてきた「津波防災地域づくりと砂浜保全のあり方に関する懇談会」(座長・佐藤慎司東京大学大学院教授)はこのほど、津波防災地域づくりに関する中間とりまとめの素案を審議。いくつかの修正点を残しているが、次回の懇談会で「案」としてとりまとめることになった。

大きな「修正点」は震災後、行政(県や市町村など海岸管理者)が決めた「L1津波高」と、それに基づく一方的な巨大防潮堤建設中心施策の見直しである。巨大防潮堤は砂浜を取り潰す形で海岸線に建設されており、砂浜の浸食が問題になっている。このため中間とりまとめ案が決まった後は、砂浜保全のあり方に審議が移る。

 

▽防潮堤は浸水の低減レベルでも

 2011年3月11日の大震災後、政府は将来日本を襲うであろう大津波を、レベル(L)1と2に分けて、防護方針を策定することにした。レベル(L)2は「発生頻度は極めて低いものの、発生すれば甚大な被害をもたらす最大クラスの津波」と規定。数百年に1度の頻度とした。東日本大震災を起こした東北地方太平洋沖地震はこのL2に当たるとしている。

 一方、「最大クラスの津波に比べて発生頻度は高く、津波高は低いものの大きな被害をもたらす津波」をL1と指定し、その頻度は数十年から百数十年とした。海岸法第2条の2に基づく「海岸保全基本方針」でも、「津波からの防護を対象とする海岸にあたっては、過去に発生した浸水の記録等に基づいて、数十年から百数十年に一度発生する比較的頻度の高い津波に対して防護することを目標とする」と規定している。

 しかし東北地方の沿岸部で問題になってきたのは「L1津波を防護する防潮堤(海岸堤防)の規模」だった。「比較的頻度が高い」といっても、そうデータが残っている地震・津波があったわけではない。いくつか残っている津波の痕跡などから「L1津波群」(候補)を選定。その中から海岸管理者が「L1津波高」を決定する。かなり恣意的にならざるを得ないが、東日本大震災の被災地では、かなりが津波群の一番高い数字を採用した。

 この理由について、被災者から「安全安心な防潮堤建設」を望む声が強かったとしているが、東北の被災地では防潮堤建設が災害復旧に位置づけられ、なおかつ発災後5年以内(通常は3年以内)に事業を完了することが求められたこともあって、カネがいくらでも出るうちに極力大きいものをという意識があったことは否めない。

 このため「本当にこんなに巨大な防潮堤が必要か」との問いかけに応えることはなく建設が進んだが、そもそものL1津波には幅があり、懇談会では「(金科玉条のごとくなっている)L1津波高を決めた際にデータが少なかったということに(提言で)触れておいた方がいい」との意見が示された。

 さらに、これまでは「L1津波に対して防潮堤で後背地を完全に防護する」ことを目標としていたが、「浸水被害を一定程度抑えること」も求めた。これは「海岸保全基本方針」と同時に出された「海岸保全施設の技術上の基準について」の一部改正で「海岸堤防については、設計津波(原則として、数十年から百数十年に一度程度発生する比較的頻度の高い津波を定める)の作用に対して、津波による海水海水の浸入を防止する機能を有するものとする」との条項によるものだという。

 従って、L1津波に対する対応もがらりと変わる。図解(1)は懇談会で示された『L1津波からの避難の支援につながる緊急的な海岸堤防のイメージ』だ。従来は海岸線にある堤防でL1津波は「完全に」ブロック。L2津波については堤防を越えて侵入することを許容するが、L1堤防は「粘り強い構造とするとしていた。

 しかし新たに示された「イメージ」は、L1津波の最大波がかさ上げした堤防(防潮堤)を超えることを容認している。図では、現況堤防よりも一定程度かさ上げしているが、そのかさ上げが「第1波または30分以内に到達する津波高を防ぐ高さ」としている点に留意が必要だろう。避難に必要な時間を基にかさ上げを考えるという施策だ。中でも岩手県大槌町赤浜地区を例に挙げ、住民は高台に集団移転し、漁業施設の利便性を考慮し、住民の意思で現況堤防の復旧だけを行うことを了としている。赤浜地区の堤防は震災前に6.4メートルだったが、国・県は当初14.5メートルを提示していた。住民の意思で最終的に決まったのは元の6.4メートル。かさ上げ自体行わない。大槌町では同じことを木枕地区でも決めているという。

 こうして、L1津波対応の堤防高より低い堤防を整備する場合「L1津波に対して守るべき範囲と背後地の安全度を確保するための対策の具体的な考え方を整理する必要がある」として、図2のような『津波対策として講じることのできる措置イメージ』を示している。

ここでは「避難ハード整備」として浸水深2メートルより深い地域で①命山や津波避難タワーの整備②避難道の整備–を。「避難ソフト施策」として避難計画の策定、避難訓練の実施など、東北の住民が訴えてきたことを提示しているのが特徴だ。図2で示しているのは基本的に多重防護である。

 震災から7年以上たって、まだ懇談会レベルだが、国レベルの協議でようやくここまで来たのかと感慨深いものがあり、懇談会委員で静岡県伊豆市の防災まちづくりに参与している加藤孝明東大生産研究所准教授は「画期的なとりまとめで、このようなものができることにワクワクしている」と期待を表明した。

▽伊豆では防潮堤整備にNOの声

 懇談会の中間とりまとめは、復興予算で整備が進められている東北ではなく、南海トラフ地震・津波の巨大被害が想定される太平洋沿岸一帯の「津波防災地域づくり」への提言となる可能性が高い。

 昨年12月開催された懇談会では、静岡県交通基盤部河川砂防局が『静岡県の津波防災地域づくりに対する課題』とする資料を提出した。それによると、静岡県の海岸は伊豆半島沿岸、駿河湾沿岸、遠州灘沿岸というそれぞれに特色のある沿岸で構成され、海岸延長は約506キロ。全国の1.5%という。沿岸部を東海道線、新幹線、東名高速道という日本の東西を結ぶ幹線が走っており、40年ほど前から東海地震の恐れが指摘されて、他県よりは対策が進んでいる。

 しかし東日本大震災を受けて、被害想定を見直した結果、L1津波に対して背後地を防護するためには121.5キロの防潮堤整備が必要という計算になったという。それまでの東海地震対応では要整備は27.5キロだけだった。

 静岡県は宮城県などと違って、津波対策に地域の合意形成が必要として、地区協議会を設置して地域住民との協働を進めている。地区協議会での議論では「(防潮堤などを)整備しない方向で議論が進んでいる」地区は21、「検討中」地区は14,「整備を実施する方向で議論が進んでいる」地区は13となっているという。防潮堤整備を求めている地区は大半が遠州灘沿岸部で、平地に人口・資産が集中していることもあり、既存の防災林などのかさ上げによる「静岡モデル防潮堤」の整備を進めているという。こうした防災林のかさ上げでは、海岸から民家までの距離があるところも多く、「海が見えなくなる」という状況は少なそうだ。

 一方、観光と漁業が盛んな伊豆半島では、防潮堤などのかさ上げなどを行わないとする地区が圧倒的だ。堤防かさ上げや水門、胸壁整備を行うとしている町も部分的な改修に留まっている。従って、従来以上にソフト対策が重要になっている。今回の懇談会で示された命山や津波避難タワー、避難道などの整備はもともと静岡県が先駆けて整備してきたものだが、日常的に多数の観光客が来ているという特殊性も踏まえて、津波災害特別警戒区域指定に対するインセンティブなど課題も多いという。

 国交省の懇談会は「津波防災地域づくり」に続けて、砂浜保全に論を進めるという。「前浜」と呼ばれる海岸はジリジリと浸食され減少している。津波堤防も浸食され始めているとも指摘されている。中間とりまとめの素案では、地区レベルでの住民等との協働を呼びかけ、協議会の活用が効果的と指摘している。静岡県の例を踏まえたものだろうが、一方で徳島県など地域によっては「震災前過疎」が起こり始めたところもあると指摘している。

 南海トラフ地震・津波が襲うと予想されている地域は、関東から東海、近畿、四国地方と極めて広範囲に及ぶ。人的被害も想像を超える規模とみられるが、巨大防潮堤などハードに偏った対策では対応が不可能なことは自明である。懇談会の役割は重要と言わざるを得ない。

(了)