津浪避難にもっとも危険な「正常性バイアス」

避難訓練とシミュレーションで生き残りに差

 静岡で東日本大震災教訓の講演会

 

 近い将来発生するとみられる東海地震や南海トラフ地震で巨大津波に見舞われる恐れのある静岡県沼津市の沼津市明治資料館で「沼津を襲った地震・津波」と題する企画展が開催されている(8月28日まで)。沼津市は、駿河湾に面した海岸線にT.P.15ー17メートル級の防波堤が昭和30年代以降完成しているが、リアス式海岸の伊豆半島部分では新規の防潮堤建設を予定していない。

 

 資料館では1854年11月の安政東海地震・津波など過去の地震津波被害の資料を展示するとともに、沼津市の沿岸部で想定される浸水域を東海地震並みの津波(レベル1)と南海トラフ巨大地震で考えられる津波(レベル2)に分けた、巨大な立体模型を作って市民に居住地の状態を認識してもらう試みをしている。13日には市の防災計画を助言している池田浩敏・常葉大学教授(社会環境学部長)が2011年3月発生した東日本大震災後、岩手県山田町と宮城県石巻市で被災者に対して行ったヒアリング調査を基に「東日本大震災から見えること」と題して、津浪避難の教訓について講演した。

 ▽正常性バイアスと同調行動 池田教授らは11年夏実施された「東日本大震災津波避難合同調査団」に参加して、被災者にインタビュー。そこから静岡県などでの地震・津波避難への教訓を学んだ。教訓の最たるものは「正常性バイアス(正常化の偏見とも)」と「同調行動」という。岩手県の三陸沿岸は明治三陸地震津波など度々津波に見舞われてきたが、住民の記憶に残っているのは昭和35年のチリ地震津波(山田湾の最大津波波高4.8メートル)。大した被害が出なかったことで、「あの時大丈夫だったから、今回も大丈夫」と思った人が多かった。もう一つの「同調行動」は周りの人たちの言動などが避難行動を鈍らせることだ。インタビューでも「近所の人に『逃げよう』と言ったら笑われた」「逃げようと言ったが『ここまで来ないからお茶でも飲んでいけ』と言われた。断って逃げたが、その人たちは亡くなった」などの回答があったという。 「正常性バイアス」の典型例と見られるのが、避難開始のタイミング。山田町の場合「危険な状態になってから避難」が回答者の16%、「避難しなかった」が同9%もあった。池田教授は「生存者の回答なので、逃げ遅れたり、逃げずに津波に襲われた割合はずっと大きいと思われる」と指摘している。石巻市での調査でも、すぐに逃げなかった理由について「自分の所まで津波は来ないと思っていた」が42%に達している。池田教授は、山田町の犠牲者の居住地域分布でも「正常性バイアス」が働いたと見られることが分かるという。犠牲者は海の近くの住民よりも明治、昭和三陸地震津波における津波到達ラインの陸側に多かった。「過去の浸水域の“縁”に位置した住宅で犠牲者が多かった」と池田教授。「今回も大丈夫」との正常化の偏見が避難しなかったり、逃げ遅れを招いた。防潮堤への過信もあり、逃げずにいて防潮堤の崩壊で集落が壊滅したところもあった。ハードに依拠すればするほど正常性バイアスと同調行動が高まり、犠牲を増やすといえそうだ。 この正常性バイアス、東日本大震災後も住民の中でなくなっていない。池田教授の講演では出てこなかったが、2014年7月発生した福島県沖を震源とする地震で東北3県の沿岸部に津浪避難勧告が出たが、約2万7000人の対象住民のうち実際に避難したのは858人のみ。釜石市に至っては約1万2000人のうちわずか33人だけだった。東日本大震災が「想定外」「未曾有」などと称されていたにもかかわらず、である。東北各地の沿岸部に張り巡らす巨大防潮堤は「大丈夫だ」という根拠のない正常化の偏見を生み出すとともに、避難を鈍らす「同調圧力」を生む危険性がある。


▽事前の避難先配分で被害減少

 地震発生から津波襲来まで20~30分の余裕のあった東日本大震災に比べ、東海地震や南海トラフ巨大地震に見舞われる恐れの強い静岡県は地震発生から津波到達までの時間が短いと予想されている。沼津市では戸田地区がわずか4分、その他の地域も7~10分と想定されている。地震発生から約5分間は動けないとみられるので、わずか数分で安全と思われるところに逃げなければならない。

池田教授は沼津市の防災計画策定の一環として、レベル1でもレベル2でも同じように浸水する恐れのある狩野川河口部や沼津港周辺の「重須」という地域で避難シミュレーションを行った。30センチの津波に追いつかれると逃げられないとされているので、安全な津浪避難ビルなどに避難できなかった人を調べたところ、地震発生5分後に避難開始すると11人が残ってしまった。さらに10分後避難と想定すると125人も避難できなかった。

 これを分析したところ、避難場所が限られているのに対し避難先が分からないというケースが多く、自分が逃げる避難先の避難ビルや避難タワーなどをあらかじめ決めておく「事前配分」を行い、シミュレーションしたところ5分後の避難では逃げられずに残ってしまった人はゼロ、10分後でも125人から31人に大幅減少した。同様のシミュレーションを三津シーパラダイスなどの観光施設がある三津地区でも行ったが、5分後の避難では事前配分なしで55人が逃げ切れなかったのに対し、事前配分ありではゼロ。10分後でも同106人から30人に減少した。こうしたシミュレーションから、池田教授は事前に避難先を配分するとともに、避難ビルの整備など安全な避難場所の拡大が必要と指摘している。

ただし事前配分できるのは、常日頃から避難訓練などで知識を得ているからだ。山田町の避難者インタビューでは、避難訓練参加と避難開始の速さに相関関係があることが分かった。全く参加しなかった人は危険に直面するまで避難しなかった。また、どこに逃げるのかという算段もできず、高台に向かうのではなく道路に沿って逃げて津波に巻き込まれた人もあったという。

                                           ▽津波には「逃げる」という文化を

安政東海地震津波では伊豆半島の先端部の下田湾に停泊していたロシアの軍艦ディアナ号が津波で損傷し、沈没するという事件があり、多くの沿岸部で家屋が流された。しかし犠牲者は2つの川に挟まれた戸田村(現・沼津市戸田)で30人が死亡したのが最大で、他の地区は数人の死者に留まった。人口が少なかったこともあるが、津波にはすぐ逃げるという文化が根付いていたことが大きいとみられている。自分は大丈夫と思い込むのではなく、どのように避難するべきか日頃から訓練やシミュレーションで学んでおくこと、不足している点を補強することに力を注ぐことの重要性があらためて浮かび上がったが、静岡県のように本気の訓練をしているところが少ないのが問題だろう。

(2016年8月20日)