市民と大学、行政の協働で自然な川を復活魚も戻ってきた、     蛇行し勢いの変化する流れ

福岡県福津市の上西郷川

 

 嵐のテレビコマーシャル「光の道」で有名になった宮地嶽神社のある福岡県北部の福津市で、市が管理する河川の改修事業が昨年、土木学会のデザイン賞最優秀賞と市民普請大賞準グランプリを受賞した。自然との調和を目指し里川を再生した姿を、土木学会の見学会に同行して見に行った。

 

▽川自身が川をつくる

 自然との調和を目指して再生された河川は、福岡県が管理する西郷川の支流である上西郷川(福津市管理)。川岸の片側は石積みの護岸に。蛇行したり、勢いが様々に変化して流れている川の反対側は、草が生える土の緩やかな傾斜が川面まで続く。住宅街の中だというのに、昔ながらの河川を見るような光景だ。川面を見ていると長さ1メートル近い巨大な鯉が流れを遡っていったが、近くの小学校の総合学習ではウナギ、ドジョウ、ナマズなど20種類以上の水辺の生き物が発見されたという。一部を除いて、水辺に下りるための遊歩道などの施設もない。

 

 上西郷川はかつて両岸を灰色のコンクリートの擁壁で仕切り、濁った水が流れる水路のような魅力のない川だった、という。日本のどこの住宅地でも見かける河川のような、ありふれた風景ともいえる。

ただ「部分最適、全体不適」という考え方は次第に広がってきてはいるようだが、東日本大震災後の被災地一帯での巨大防潮堤建設のように、何が何でもコンクリートで固めろという考え方は根強い。上西郷川を見学しても「なぜコンクリートで両岸を固めないんだ」と批判する人は残っているだろう。また実際に現地を見て「素晴らしい」と認識しながらも、自分たちの自治体では不可能と決めつけている人も少なくないとみられる。

▽公園化から多自然川つくりに

 福津市の担当者も、それを十分承知しているようだ。福津市は2005年に福間町と津屋崎町が合併して誕生した。合併当時は公共下水道の整備が遅れており、整備率は20%台だったという。上西郷川も汚れていたが、合併特例による都市基盤整備に加えて、JR福間駅の移転改修、田畑だった区域の整備などで、河川敷の用地が確保できたという「ラッキーな状況」があったことが大きい。

 福間町は合併前から下水処理場を設けて、住民が川に親しみを持てるようにという「西郷川リバース基本計画」を策定していたが、合併した2005年に早速「上西郷川かわづくりワークショップ」を地元の大人、小学生などと行政が一緒になって11回にわたって開催。「かわづくり構想」「川の駅整備構想」などを作成した。このときのプランでは川面に向けて芝生を植えたり、公園のような通路を設けるようなものが多かったという。

 しかし計画は2008年、九州大学大学院工学研究院環境都市部門都市環境講座流域システム工学研究室の島谷幸宏教授らの意見を聞いて、大きく転換。片側は石積みの擁壁、片側は川面までの土の斜面という基本構想は変えないが、川のあり方を根本的に見直すことになった。あらためて7回のワークショップを開催し「多自然川づくり」という新たなコンセプトに。その後も2008年の施工開始から2013年の完了までワークショップを継続し、工事完了後には地域住民と九州大学中心に「日本一の郷川を目指す会」を設立して維持管理を進めている。

 上西郷川は福岡県が管理する2級河川「西郷川」の支流だが、整備に当たっては合流地点に「洪水調整池」を設け、約900メートルの河川改修で約9億3400万円、洪水調整池で約4億3500万円の事業費だった。

▽旧住民が積極参加

 08年からのワークショップでは、古い住民の間から「草が生えるままにしていたら、全体が草ぼうぼうになってしまう」などの批判もあったらしいが、工事が進み新しい川の姿が見え出してからは減ったという。ただ草は放っておくと「ぼうぼう」に生える。このため市は地元の自治会に委託して年6回草刈りをしてもらっている。行政が自分たちで公園の草刈りをする場合は年3回が限度なので、住民への委託によって河川敷の維持管理もより進むという結果になった。

 また河川改修後、周辺小学校が総合学習の場にしているほか、子どもたちの遊び場にも使われている。しかし川は本来危険なものであることも間違いなく、調整池付近には①急な増水に注意②深みに注意③けがに注意④一人で遊ばない-という注意事項の看板が建てられている。総合学習でこうしたことをきちんと教えることで、川とのつきあい方が進むとみている。

 上西郷川の位置は昔からの住民が住む地域と、新しく区画整理され新住民が住む地域に挟まれている。石積みの護岸がある方が旧住宅地、草むらの上の道路から中に入った地域が新住宅地だ。「市民普請」に参加してきたのは旧住宅地の住民が大半だが、施工完了から5年ほど経って新住民の関心も高まってきたという。

 福津市は合併後の区画整理などによって,この地域では珍しく人口が増加している。市の担当者によると、合併当時約5万6000人だった人口が、この10年間で約6000人増加したという。さらに上西郷川の改修が寄与して地価も上昇しているとのこと。合併特例や駅舎の移転などラッキーな条件があったにせよ、里川つくりによる地域活性という考え方は学ぶ点が多いと思われる。

(了)