「津波と防潮堤」

実際に巨大防潮堤の高さをモデルでイメージ*静岡県伊豆半島の松崎町で判断材料提供する試み

 海岸堤防や防潮堤の高さを表す時に使われる表示は「T.P.」(東京湾平均海面)あるいはほぼ同じ意味の「海抜」だ。「T.P.6メートル」などと表示されるが、その堤防なり防潮堤が建っているところの地面から測った高さではない。同じ海抜6メートルといっても、港湾にそびえ立つ防波堤と、砂浜から陸域にセットバックして建てられた堤防では、堤高が異なる。しかしセットバックして建てられているので地面からの高さは2メートル程度であっても、海抜6メートルだといわれると、全体を縮小して考えがちだ。

 そんな錯覚に対して「実際に防潮堤がかさ上げされたら、この高さまでコンクリートの壁」と視覚的に認識できるようなモデルを作っての広報活動が、静岡県の手で伊豆半島南部の松波町(人口約7000人)で行われた。建てられたのは松崎海岸沿いにある既存の防波堤(海抜6メートル)の上。鉄パイプで組み立て、黒い網で覆ってコンクリートで建てられる時の姿をイメージできるようにした。モデルが展示されたのは10月2日までの1週間ほどだったが、町民は実際に視認した「壁」の雰囲気にショックを受けたようだったという。

松崎海岸中央部の堤防に設置された防潮堤堤高のモデル。黒い網で覆われている部分の高い方が海抜11メートル、低い方が同7.5メートル。現堤防は地面からの高さが2メートル程度なので、11メートルでは全く海が見えなくなる。 「松崎町役場提供)」

▼目の前はコンクリートの壁に?

 

 東日本大震災後改定された静岡県の地震・津波対策では、1976年(昭和51)以来「明日にも発生する」とされてきた東海地震(マグニチュード8.0~8.7程度と推定)で発生するとみられる津波がレベル(L )1。南海トラフ巨大地震(M9程度)をL2とし、国の指針に従って、L1は防潮堤や水門などのハードを拡充して津波を防ぐとともに、津波から逃げるのを基本に津波避難マウンド(命山)や避難タワー、避難路の拡充を図るとしている。

  4次想定による松崎町の津波来襲高は東海地震(L1)で最大海抜12メートル、L2級の南海トラフ巨大地震で16メートルと推定されている。町中心に位置する松崎海岸ではL1の高さは同11メートルとみられ、県の計画に従えば現在ある海抜6メートルの防波堤の上に5メートルの高さでかさ上げが必要となる。6メートルの堤防の上にほぼ同じ高さの壁ができるようだが、実際にモデルで見ると約3倍のイメージになる。これは堤防が内側の地面から見ると2メートル程度の高さにとどまっているためだ。

  県と松崎町は今回のモデル提示にあたって、もう一つの案を示した。1.5メートルかさ上げして、海抜7.5メートルとするものだ。同町役場総務課消防防災係の山田太一主任主事によると、この7.5メートルには根拠があるという。

  県の津波浸水想定では、現在の6メートル堤防のままでは町内86万平方メートルが浸水するが、7.5メートルとすると浸水域は6万7300平方メートルと約90%減少する。1.5メートルでも現在の高さから見ると倍近い高さのイメージになるが、吉田主事によると実際にモデルをみた町民は海抜11メートルの高さに「海が見えないし、圧迫される」とショックを受けた様子だったという。

  県は松崎町に対して、L1レベルの地震・津波対策として①防潮堤を建設②水門を設置③何もしない-の3案。防潮堤を建設するとしても①海抜11メートルにする②同7.5メートルにする-の2案を提案してきた。これに対して、防潮堤や水門など何らかの対策を求める声は7割に上がった。特に防潮堤よりも水門の整備を求める声が多かったが、11メートル案は39%、7.5メートル案は36%が支持していた。ただ地震が発生しても襲来する津波がL1かL2かは瞬時に分からない。地震が発生したら直ちに避難することでは変わりない。このため防潮堤や水門に対して「不必要」とする意見も少なくない。特に水門は環境との関係で反対が多いという。今回、実際に防潮堤のイメージをみて住民がどう判断するのか、水門との関係を含めて、今後の地区協議会での検討が注目される。

  実は伊豆半島西側の西伊豆、南伊豆一帯では港湾施設周辺の海岸線に護岸堤防が軒並み設置されている。多大な被害の出た1974年の伊豆半島沖地震(注)後の対策の一環とされているが、海抜5~6メートルで海岸線に建てられている。松崎町も例外ではない。松崎港近くの松崎海岸や、南に下った石部や雲見海岸などの海水浴客で賑わう砂浜は堤防の外にある。従って堤防や防波堤、防潮堤はゼロからの出発ではなく、現状からどう変えるかという判断になる。当然「今のままで」という意見も少なくないという。

▼避難猶予時間はわずか2分

  静岡県の伊豆半島西岸では地震・津波の規模と並んで、到達までの時間が極めて短いと予測されているのが特徴だ。想定震源域からの距離によるが、松崎町では地震発生から7分と想定されている。大地震の場合、発生から5分程度は身を守るのに精いっぱいで動けないとみられることから、逃げるための猶予時間はわずか2分。

 静岡県沿岸部の各市町村では、取るものも取らずに逃げ出すことを前提に避難計画が練られており、毎年約10万人が参加しているという県民の避難訓練では、市町村ごとに設定された猶予時間内に避難できるかどうかが最大のポイントになっている。

  避難には避難場所の確保が大条件だ。松崎町でも海岸近くに津波避難タワーの造成を進めている。現在は1基だけだが、町ではタワーの半径200メートル内の住民に1基の割合で作っていく方針という。ただ最大の問題は地権者の説得とのことだ。

  静岡県が2013年にまとめたL2レベルの地震・津波が同県を襲ったときの被害想定(4次想定)では、犠牲者は10万5千人(地震による犠牲者9千人、津波による犠牲者9万6千人)となっており、多くの手段を重ね合わせて、10年後(2023年)には犠牲者を8割減らすことを目標としている。

  2016年3月現在の東日本大震災による死者・行方不明者は東北3県と北海道、関東を含めて18455人(震災関連死を除く)。これに対して、静岡県が目標としている減災計画では多種の手段を重ね合わせてもなお1県だけで2万人近い犠牲を想定せざるを得ないという現実がある。

  伊豆半島だけでなく遠州灘沿岸の各市町村では、避難路や避難タワーの建設、避難ビルの指定などが急ピッチで進められているが、一方で具体案作りは各地区の「地区協議会」に諮っているのが特徴だ。避難計画策定にあたっては、自分が逃げる避難先の避難ビルや避難タワーなどを予め決めておく「事前配分」を行うと逃げ遅れる人が大幅に減るという

  シミュレーションがある(2016年8月20日付「津波避難にもっとも危険な『正常性バイアス』」参照)。こうした積み重ねは犠牲者の減少につながるとみられ、地震・津波対策を一方的に「説明」して終わりとするのではなく、何度も協議を重ねていく静岡県の姿勢は、東日本大震災を受けて巨大防潮堤建設を急ぐ宮城県や岩手県と好対照といえそうだ。

 (注)伊豆半島沖地震

 1974年(昭和49)5月9日朝発生。過去に地震発生の記録のない地域で発生。震源は石廊崎沖南西約5キロ、震源の深さは9キロ、地震の規模を示すマグニチュードは6.9と推定されている。南伊豆町で震度5を観測し、全体で死者30人、けが人102人、家屋全壊134戸、同半損壊240戸、山崩れ・崖崩れは101カ所におよんだ。地震による津波は数十センチ程度だったが、海岸線に沿った道路が寸断され、道路の修復と一緒に護岸整備が進んだ。                         (2016年10月26日)