日本の農を根本的に変えかねない種苗法改正案(上)

今国会での設立は断念したが、安倍晋三首相の執念変わらず

 自民党の森山裕国対委員長は20日、種苗法改正案の今国会成立を断念する方

針を示した。検察庁法改正案、スーパーシティ法案と並んで、コロナ禍に押し

通そうとした火事場泥棒法案とも指摘され、安倍晋三首相が強力に成立を図っ

ていた法案であり、検察庁法改正案に続いて成立断念に追い込まれたことで、

安倍首相の求心力は一層低下しそうだ。

▽自営農家の取り締まりに主眼

 農林水産省は、種苗法の改正は高級ブドウの「ファインマスカット」の種子

が中国に密輸されて栽培されたため、ブランド作物の苗木などを海外に持ち出

すことを規制するためと称している。

 しかし、実際は全く違う。種苗法改正の狙いは2018年にわずか12時間の審議

で強行採決された主要農作物種子法(種子法)の廃止と対をなし、TPP加入

以降進められてきた、日本の農業を根本から多国籍アグリビジネスに売り渡そ

うというものである。改正の主旨は農水省幹部が説明しているように、農家が

作物の一部を採って繰り返し育てる「自家増殖」の一律禁止であり、違反した

農家には10年以下の懲役か1000万円の罰金(法人は3億円)を科そうという、

自営農家取り締まり法なのだ。

▽作物から種を取る自家増殖を一律禁止に

 「自家増殖」という言葉は都市部に住む人には聞き慣れない言葉だが、種子

については昔から「自家採種」「自家播種」という言葉が広く知れ渡り中学や

高校の教科書にも載っている。「増殖」という用語を使うのは、種子法で「果

樹等は種ではなく接ぎ木等をするので自家増殖とする」としているためだ。種

については「種取り」ともいわれ、農業が始まった頃から長年にわたって続い

ている。長年にわたって品種改良を続けて美味しくなった作物を守り続けると

ともに、育苗会社から種を買うコストを抑える工夫でもある。伝統的な在来種

に多く、有名な京野菜などもそうした品種のひとつである。

 農水省は農民の怒りと不安を和らげるように、対象となっている品種は「登

録品種」であり、登録切れ品種や在来種は対象外と説明している。現行の種苗

法では、農業生産者には原則として自家増殖が認められている。例外は、企業

が生産者と契約を結ぶ場合と、農水省省令で生産者の権利を制限する種を決め

て品種を登録して、ともに自家増殖を禁止している。

 省令に定めた登録品種は2016年までは82種だったが、17年には289種、18年

356種、19年には387種と激増した。さらに改正案によって、登録品種は8100

種以上に拡大するという。これだけ拡大されると、一般品種がどれなのか分か

らなくなってくる。長年にわたって改良を続けてきた作物が実は「登録品種」

だったと見做されかねない。

 

▽出回っている野菜の大半は一代交配種

実は国内で出回っている野菜の種の大半はF1種(一代交配種)であり、作物

からは種が取れず、農家は毎年育苗会社からF1種を購入して育てている状態だ

。そのアグリビジネスのやり方は米国の農薬・育苗メーカーの名を取って「モ

ンサント方式」(米のモンサントは18年にドイツの大手製薬メーカー、バイエ

ルに買収され正式にはバイエル・モンサントに)と呼ばれている。

 モンサントは農家に除草剤として発がん性が証明されている「ラウンドアッ

プ」を売りつける。除草剤なので、そのままでは野菜類は育たないが、遺伝子

組み換えで薬物耐性を得た種子を販売。さらに肥料などをセット売りして農家

を塩漬けにしてしまい、場合によっては収穫物の全量を買い取る委託販売契約

を農家と結ばせる。こうなると何をどれだけ育てるのか、農薬・育苗メーカー

の言うがままになってしまう。

 だが国内には少数派になってしまったが、有機農業を推進したり、土着種を

守ろうとする農家が存在する。今回の改正案の標的は、そうした努力している

農家だ。種苗法は改正案が成立すると、登録品種の「保護」と罰則が強化され

ることになるが、逆に在来種を守る法制度はない。極めてアンバランスな上に

、多国籍中心のアグリビジネス優遇の制度となる。ただ、こうした動きは急に

出てきたわけではない。安倍政権が長期政権によって食の安全保障の売り渡し

に力を入れてきた結果である。(続く)

 

 

日本の農を根本的に変えかねない種苗法改正案(中)

 

安倍政権は新型コロナウイルスの感染が日本国内でも広がりだした今年3月

中旬、種子法改正案を国会に提出。当初は5月の連休前にも、ほぼ審議なしで

成立させようとしていた。コロナウイルス感染拡大で全国民が自粛生活を余儀

なくされている最中の火事場泥棒法案の一つとして問題になったが、「改正」

計画自体は2017年の主要農作物種子法廃止の時から並行して練られていた

。日本の種子の歴史を振り返ろう。

戦後間もなくの1947年(昭和22年)に最初の農産物種苗法が制定され

た。食糧事情が逼迫したことを受け、農業生産の安定化および生産性向上を図

るために、優良苗種の品質改良を奨励する制度を設け、育苗業者の利益を擁護

するのが目的で、苗種の名称登録とその違反者への罰則を規定を盛り込んだ。

農業者は1952年(昭和27年)制定された主要農作物種子法と種苗法で

、優良な種子や苗種を入手することが可能になり、自家増殖(採種)が禁止さ

れていなかったので、いったん購入した種子や苗を自家採種することで、農業

経営を持続してきた。

農産物種苗法はその後、1991年に改定された「植物の新品種の保護に関

する国際条約(UPOV91)」を踏まえて全面改定され、1998年(平成10

年)現在の新・種苗法となった。旧法との決定的違いは、新たに「育成者権」

を設け、植物の新品種を育成する権利を占有することができることを主な目的

としたことだ。

しかし現在の種苗法では契約によらない限り、誰でも自由に自家採種して交

換、販売、加工することができるとしている。ただ同法21条第3項で、農水

省の省令によって定めるものは自家採種(増殖)ができないとして、育種登録

する品種を指定した。育種登録された品種を自家増殖させたら懲役と罰金とい

う刑罰がある。農水省が種苗法の改正が必要だとして例に挙げている、中国に

不法流出したというブドウのシャインマスカットは既に育種登録されており、

今でも違法に流出したら罰せられる。

これだけだと、わざわざ法律を改正する必要はないだろうと思われるが、農

水省というより安倍晋三政権は何としても、育成者権のみの強化を図ろうとし

か見えない。

それは農水省が最近主張している「日本は原則として自家増殖でき、例外的

に自家増殖できない植物をリストにしている。しかしEUは原則禁止だ」との表

現にも表れている。確かにEUは自家増殖を全面禁止にしているものの、小規模

農家については補償金の免除という形で例外としているのだが、その点はあま

り触れていない。

 

種苗法成立後も、例外品目を除いて農家の自家採種(増殖)は認められてき

たが、第2次安倍政権の誕生で状況が大きく変わる。

2013年(平成25年)、内閣に農林水産業・地域の活力創造本部が設置

され、同年12月、「農林水産業・地域の活力創造プラン」決定。2016年

10月の規制改革推進会議農業ワーキンググループ第4回会合で、種子法の廃

止が議題になった。そしてわずか2カ月後の同年12月に創造本部が種子法廃

止を決定した。

安倍政権は同じ12月に環太平洋戦略貿易協定(TPP)に署名しており、種

子法廃止と種苗法改正はTPPとセットであったことが分かる。この間の流れは

、日本の農業が規制改革推進会議や産業競争力会議の主導に移ったことを物語

っている。

安倍政権はさらに17年8月、農業競争力強化支援法を制定。都道府県の持

つ種苗の生産に関する知見を民間事業者に提供する措置を講ずることを義務づ

けるなど、都道府県の農業試験場などが長年かけて培った農業生産技術や種子

を民間事業者に流出させてきた。伝統的な農業を喪失させ、多国籍アグリビジ

ネス中心の農家支配という流れの中に、今回の種苗法改正案がある。(続)

 

 

日本の農を根本的に変えかねない種苗法改正案(下)

世界規模の人口爆発と飢餓、地球温暖化という危機が現実化している中でも

、日本国内では人びとの命と密接に関係している農業への関心は高まっている

とはいえない。しかし国際社会は農業の中心になっており、これからも大きな

可能性のある家族農業を強化しようとしてきた。

まず国連は2011年(平成23年)の総会で世界の飢餓撲滅には家族農業

が大きな可能性があるとして14年(平成26年)を「国際家族農業年」と定

めた。

そして2018年12月18日、国連総会で「小農と農村で働く人びとの権利

に関する宣言」(小農宣言)が賛成121、反対8、棄権54という大差で可

決、採択された。米国など穀物輸出国は反対。日本は米国が反対したためか「

棄権」したが、圧倒的多数の途上国が賛成した。

この宣言の重要な点は「小農」が家族経営だったり、小作農だったりという

狭い定義ではなく、次のように広範な認定であることだ。

「小農とは、自給もしくは販売のため、またはその両方のため、1人もしくは

他の人びととともに、またはコミュニティとして、小規模農業生産を行うか、

行うことを目指している人で、家族および世帯内の労働力ならびに貨幣で支払

を受けない、他の労働力に対して、それだけにというわけではないが、大幅に

依拠し、土地に対して特別な依拠、結びつきを持った人を指す」(小農宣言第

1条「定義」)。

小農宣言の背景には、世界の食糧の8割が小規模・家族農業によって生産さ

れ、世界の全農業経営体数の9割以上を占めており、時代遅れとみられていた

小規模・家族農業が持続可能な農業の実現に最も効率的だとの評価が示されて

いることがある。

翻って日本の状況はどうだろうか。日本の兼業農家は7割以上であり、2㌶

以下の小規模農家が8割以上を占めている。各地の道の駅などで見かける地域

特産などの農産物を生産し続けているのが、こうした農家だ。

この100年間に94%の野菜の種子が世界から消えたといわれている。自

然環境の変化で消えたものもあるだろうが、米モンサントなどの多国籍アグリ

ビジネスの農業支配で農家が生産できなくなり、消えてしまったものが増えて

いるという。とくに遺伝子組み換えによって、この20年間で急速に種子の多

様性が失われている。例えばトウモロコシ発祥地メキシコでは、従来品種の

80%が消滅した(ヴァンダナ・シヴァ『危機に瀕する「種の自由」』月刊「

世界」2012年11月号より)。

 

 元々「種子」というものは公共の財産であったはずだ。

「たねは食物連鎖の鎖の最初の環であって、生命の青写真の格納庫。たねを守

り、将来の世代に手渡すことは、私たちに課せられた義務であり責任」(同上

)なのである。

既に2001年にはローマで開催された国際食糧農業機関(FAO)総会で「

食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約」(ITPGR)が採択され

た。日本も批准した同条約9条では、農業者の自家採種の権利を制限すべきで

はないとしていた。

国連は2015年「持続可能な開発(SDGs)のための17の目標と169

のターゲットを定めた。そこでは「貧困をなくそう」がトップであり、続いて

「飢餓をゼロに」が続いている。

そうした状況にあって、安倍政権が目論んでいるのは新自由主義の下、モン

サントのような多国籍アグリビジネスに日本の固有種を含む種子を渡してしま

おうということに他ならない。それは、多くの農民が危惧しているように、「

小農」中心の日本農業の絶滅であり、遺伝子組み換えやゲノム編集で作られた

画一的な農産物が席巻する社会である。ただ画一的な作物が激化する自然環境

の変化に対応できるかどうか、検討すらされていないのが現状だ。