町中が祭り一色に

浜松まつり(大凧揚げと屋台の引き回し)見学

53日から5日まで浜松市内で繰り広げられる「浜松まつり」を友人夫妻と見に行った。祭は主に太平洋に面した中田島砂丘の一角にある海浜公園で行われる「大凧合戦」と、市内の目抜き通りを豪華な屋台が練り歩く「屋台引き回し」からなる。祭を見に行くのは、これが2回目。最初は2012年、前年が東日本大震災で自粛したため参加者のストレスがたまっていたのか、騒々しさが記憶に残っていたが、今年は何となく整然としていた。凧揚げを見に行ったのが初日で、各町内で生まれた初子の誕生を祝う「初凧」揚げの日だったためかもしれないが。

午前10時の開始と同時に凧が揚がり、「練り」と呼ばれる若衆の行進が始まるとガイドブックには出ていたが、到着した時には既に何枚もの凧が揚がり、一斉の練りは終わっていた。前回の経験で見学に最適な場所を見つけていたので、真っ先に観覧席に向かう。既に4分の3程度のベンチが埋まっていた。

 

しかし、凧を揚げるのを見ていると上手下手があるらしく、くるくる回ってばかりの凧があるかと思えば、天高く舞い上がったままヘリコプターのホバリングのように動かない凧もある。下手は凧糸を他町会の凧糸に引っかけて、ともに失速して地上に落下させてしまったりしている。落下を見ると若衆が血相を変えて、凧が引っかかっている松の木や観覧席に飛んでいき、何とか救出しようと試みる。その脇では、下手だの何だのと争い、けんかも。

 とにかく初日は「初凧」。町会の名前などを取って作られた文字や図柄を大凧いっぱいに描いた「凧印」の一角に黄色く塗られた枠があり、そこに生まれたばかりの子供の名前が書き込まれている。凧は町会の担当中心に、風を読んで揚げられていく。無事に舞い上がり降りてくるのを記念しているので、糸切り合戦などはしない。

「初凧」は町会の専門家の手で無事に揚がった後、生まれた子を抱いた母親と父親も糸を引く。若衆が父と母を肩車し、その上で「オイショ、オイショ」のかけ声に合わせて糸をグイグイと引いて子供の誕生を祝うのだ。肝心の赤ちゃんは泣いてばかりだったり、泣き疲れてぼうっとしていたり、だが。町会の若衆はこの後、ラッパを吹き、かけ声をかけながら、すり足で小走りに走る「練り」で周囲を回る。子供たちも一緒になって法被姿でラッパを吹いて回る。子供会ごとに隊列を作っているところも。いくつかの町会は観覧席まで来て、世話役がメガホンで観覧席に向かって初子の名前を紹介。観客も一緒になって万歳三唱し「オイショ」のかけ声とラッパの演奏で、両腕を前に突き出し、赤ちゃんを祝う。

凧に書かれた初子の名前は、2年前には普通っぽいものがほとんどだったが、今年は大都市や芸能界からの影響だろうか、当て字というか、判じ物のように何と読むのかも見当がつかない名前が増えていた。

 

糸や尻尾の張り方が上手下手左右

 この凧、2帖から10帖以内という決まりがあるというが、大半は4帖(2.4平方メートル四方)と6帖(3.64平方メートル四方)。長辺は2メートル近くあり、数人がかりで頭の上に抱えて運んでいる。竹を細かく裂いて骨組みを作り、弓なりに反らして糸を張る。凧の中心には天辺から伸びた竹が凧から先に伸びている。これを尻尾骨というそうで、尻尾骨の先に、藁でできた尻尾を付ける。凧には数十本の糸目という凧糸に結ぶ糸が付けられている。観覧席で2年前も今年もメガホンで声を枯らして説明していたおじいさんによると、この糸目の付け方、凧の反らし方、長さ10メートル近い尻尾の付け方が凧揚げを左右するという。「微風の時と強風の時では反らし方、尻尾の長さを変えるが、そこで上手下手が出て来まーす」と大声で解説してくれた。

 凧を揚げる「凧糸」だが、実際は糸とはいえない。太さ5ミリの麻を編んだロープ。長さ1000メートルから3000メートルもあるという。2日間行われる糸切り合戦を公平に進めるため、この麻のロープは「浜松まつり会館」から購入したものしか認めないとのこと。ロープは先端を「糸枠」という車輪のついた糸車に結ばれ、何人もの男衆がしっかりと押さえている。糸枠も町会によって様々。伝統のある町会は小型の移動砲台のようないかめしい作りだが、最近になって参加した町会はアルミ製で軽そうだ。

 

 

ちなみに参加した町会は、ことしは174町会という。各町会のテントが会場周辺にぐるりと張られ、そこで大凧の修理などをしている。ちょうどカーレーシングのパドックのような雰囲気だが、中では各自が弁当を食べている。早くもビール片手に赤くなったままの衆がいたりするのをみると、やはり祭だ。

 

 会場には「統監部」という腕章を巻き、グレーの制服を着て、黒の長靴を履いたお年寄りたちが数人で行動しているのが、法被姿よりも目につく。この人たちは警察でも消防、自衛隊でもなく、浜松まつり組織委員会のメンバー。正式には企画統制管理部といい、組長や副組長経験者で各町会、自治体から推薦を受けた人たちで組織しているそうだ。

 凧揚げに参加できるのは「法被に各町会のワッペンを縫い付けた人たちだけ」という注意書きが会場の数カ所に張ってあった。記憶にはないが、2年前にもあったのだろうか。その参加資格者の衣装は、下は股引と地下足袋、上は肉襦袢か鯉口シャツを着て、その上に袢纏、腹掛を着て角帯で締める。最後に町会ごとに統一された法被をまとって一人前となる。この姿は基本的に老若男女同じ。女子は髪型も凝り「祭りヘアー」「浜松まつりアップ」と称されるアップして襟足を強調した髪型とし、足袋と雪駄というスタイルが多い。これも飾りで膝に血止めを結んでいる。江戸時代の飛脚ではないので、血止めはわらじの端切れではなく、赤やピンクの撚り紐がほとんど。老若男女とも、この姿で3日間を通すのだろうか。商店街や居酒屋の人たちも基本的に同じいでたちだ。

 

 

こうして朝から夜までの祭りが3日間行われる。終わると浜松市民は翌年の祭りに備えて準備を進めることになるのだろう。ちょうどリオのカーニバルのように。(了)