啄木鳥  no.36「もんじゅ」運転主体の「交代」?

原子力規制委の「伝家の宝刀」の裏になにがあるのか  

 原子力規制委員会は114日の定例会合で、高速増殖原型炉「もんじゅ」の運営主体の交代を求める勧告を文部科学省に提出すると決定した。日本の核燃サイクル構想を大きく変える可能性のある決定であり、各紙とも大きく扱った。

 しかし、この報道。どの社も大きな疑問に答えようとしていない。どこに原子力機構に代わる運営組織があるのか、新規に設けるならば主体はどこになるのか。答えによっては日本の原子力研究・開発を根本から変えてしまうことになりかねないと思うが、その側面の報道がない。なぜなら、日本の戦後原子力研究と開発の問題点を理解していないからだ。

 

 もんじゅの運転主体の交代という記事を最初にスクープしたのは産経新聞だった。111日付朝刊1面トップで「もんじゅ運営 剥奪検討」「規制委 機構理事長あす聴取」とうった。各社はこの記事につられるように「もんじゅ運転交代を」(114日付け毎日新聞夕刊)など、現在もんじゅを運営している日本原子力開発機構(原子力機構)から別の組織にもんじゅ運営を委ねるべきとする規制委の姿勢を報じた。この「剥奪」という強烈な言葉は、規制委というよりもバックにいる安倍政権の誰かから出たとするほうが自然だろう。なぜなら、これまでの原子力行政を踏襲して、原子力機構を改組し「新しい運営主体」を新設したところで、状況が変わることはないと思われるからだ。

 

 第一に現時点で、原子力機構に代わる組織が見当たらない。機構は2005年、核燃料サイクル開発機構(核燃機構)と日本原子力研究所(原研)が統合して発足した。大学や電中研などが小規模な原子力研究を行っているが、原子力機構は巨額の費用がかかる原子力研究・開発を日本で唯一行っている組織といっていい。現状では別にもんじゅを委ねる組織はないのだ。

 そもそも核燃機構は、もんじゅを建設し運転していた動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が運転開始間もなく起こした冷却材のナトリウム漏れ事故と、その隠蔽などで解体され、改組されてできた組織だった。

 

 その動燃の成り立ちをみると、1964年に遡る。当時、大学を除く唯一の研究機関だった原研が職員の待遇改善などを求めてストを多発。新たな国産原子力発電所(動力炉)を開発しようとしていた自民党と経済界は「ストのない組織」を国に要求し、原子燃料公社を改組して1967年に動燃をつくった。

 動燃解体と相前後して、「核燃料開発」は民間の手に移った。電力各社が出資する日本原燃のウラン濃縮や使用済み核燃料再処理工場(青森県六ケ所村)である。その六ケ所村の一連の施設は、使用済み核燃料保管施設を除いてほとんど機能していない。日本の原子力推進に理解を示す人でも、こうした歴史を振り返ると「運営主体」が背負っている影、あるいは暗い部分を認識できるだろう。

 

 規制委が「伝家の宝刀」を抜いて、運営主体を交代させようとするもんじゅ。再処理工場以上にもんじゅの運営は民間には不可能なことは、技術的にも財政的にも明らかである。本来だったら、唯一の研究開発機関の手にあまるのなら、貴重な税金と電力(ナトリウム固化防止と循環に必要)を無駄に使っているだけの「もんじゅ」など廃炉してしまえばいいはずだ。

 実は、これまでの規制委の対応を見ていると、これから出されるであろう「勧告」には法令違反を専ら重視した内容になるのではないかという疑念がある。点検漏れや判断ミスはもんじゅ自体の危険性を示すものではない。

 

 もんじゅのような高速増殖炉の致命的な弱点は、冷却材であるナトリウムの取り扱いが極めて難しいことで、軽水炉に比べて圧倒的に高コストとなる。フランスはかつて熱心に高速増殖炉計画を進め、原型炉の「フェニックス」、実証炉の「スーパーフェニックス」を開発したが、スーパーフェニックスはもんじゅと同じようにナトリウム漏れ事故を起こし1998年に閉鎖されている。ロシアやインドでも開発計画はあるといわれるが、詳細は明らかになっていない。結局、世界中で半生記もの年月と日本円換算10兆円以上を投入されながら発電炉として商業化はできないというのが実情だ。日本も原型炉から実証炉に移行できるめどすら全くない。

 

 めどがついていない肝心な問題がもう一つもんじゅにはある。高速増殖炉はプルトニウムを燃料として使いながら、核分裂しないウラン238を炉内でプルトニウムに変換できるとされ、再処理することで核分裂物質を再生産できる「夢の原子炉」というのがうたい文句だ。しかし、この再処理は軽水炉用の再処理工場ではできず、「高速増殖炉用再処理工場」と、燃料に加工するための「高速増殖炉用加工工場」が専用に必要だ。しかし日本原燃の六ケ所村工場内では両者とも全く実現の見通しが立っていない。つまり「核燃料サイクル」は現状不可能なのだ。

 

 勧告を受ける文科省はどう対応するのか。2つの考え方がある。一つは「もう必要十分なプルトニウムは得たのでもんじゅは要らない(なんと47トンものプルトニウムを保有)」と廃炉させる考え方。もう一つは原子力機構を分離して新たな組織を作る。ちょうど原研から動力炉部門を分離させて動燃をつくったように。文科省や原子力規制委の考え方はたぶん後者だろう。

 

 今後のもんじゅがどうなるかは、日本の原子力・核政策にとって極めて重要だ。というのも、もんじゅには「夢の原子炉」とは真逆の暗い流れが消えていない(コラムNo.28「安倍首相的抑止力は核抑止力か?」参照)。これまで日本の原子力・核開発は名目的には「原子力の平和利用」に徹していた。日本学術会議が提唱した「自主・公開・民主」という原子力3原則を国も認め、原子力基本法で定められてきたからだ。安倍政権になって、多様な科学技術に軍事色が強まっている。今回の勧告がその動きと連動していなければいいのだが。

2015119日)