若者、「ミドル」が増え、目立たなくなった団塊世代 抗議行動の報道ぶりは、既成メディアの「終わりの始まり」

 8月30日の『戦争法案廃案! 安倍政権退陣! 8.30国会10万人・全国100万人大行動』(戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会主催)は、東京の国会包囲行動(日比谷での行動を含む)に主催者発表で12万人が集結。「戦争法案廃案」「安倍は辞めろ」の合唱が響き渡った。

 昨年7月1日に集団的自衛権の閣議決定を受け、その前日の6月30日から大がかりに始まった抗議行動を見守ってきた者として、10万人突破と国会正門前の通りに「解放区」が実現したことは感慨深いものがある。

 

▽閣議決定後、追うごとに増える抗議行動参加者

 昨年6月末から今年8月30日までの1年あまりを振り返ると、抗議行動の拡大が特筆される。昨年6月30日の抗議行動は主催者発表で4万人と伝えられるなど、7月1日も含めて首相官邸前には抗議する人であふれかえっていた。最近になって若者の参加が増えたと言われているが、実は当時も20代の若者の姿は多かった。目立ったのはいかにも団塊の「70年安保世代」と、1人や友人と数人で参加した60~70代の女性の姿だった。一方、少なかったのが30~40歳代だった。

 

 衆参両院で圧倒的な多数を占める自民、公明両党の力関係からみて、安保法案(戦争法案)の成立と、自衛隊の海外派兵は止めようがないという雰囲気作りがマスコミ主導で進められたことから、国民の間に諦めが広まるかと懸念したが、実際はそうでなかった。

 辺野古新基地建設反対行動では国会を包囲し「人間の鎖」が実現した。今年5月3日に横浜で開催された憲法集会には3万人が集結。臨港公園を埋め尽くした。こうした運動の中から、「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)」が誕生。毎週金曜日の国会前抗議などを進めて、反対運動の中心になってきている。

 

 8・30抗議行動は当初から多数の参加が予定されていたため、実行委は国会包囲だけでなく、日比谷公園周辺での行動も案内していた。このためもあって警察は官庁街と国会の間にある国道を渡る歩道前に規制線を張り、集会の始まる30分以上前から入れないようにした。また最寄りの国会議事堂前駅などでは、外に出られないようブロックするなど、警察の行動規制は異様なものだった。

 

 そうした圧力にもかかわらず多くの人が集まり、国会正門前の車道を完全に埋め尽くしたことは、それだけ戦争法案反対のためにいても立ってもいられないという人が増えたこと示している。国会前だけを見ると、60年安保当時の岸信介首相を退陣に追い込んだ国会包囲に匹敵する。さらに全国300カ所で抗議行動やデモが繰り広げられるなど、全体では上回ったと思う。

 

 昨年6月末の抗議行動から1年経って大きく変わったのは、参加者の多様化だろう。高校生から高齢者まで、創価学会員を含めた広範な宗教団体、子どもを連れたママやパパたち、などなど。この1年間で確実に増えたのは40~50代の「ミドルズ」。年配者が目立たなくなったのは減っているのではなく、集団に占める割合が小さくなったからとみられる。

 

▽「違憲判断」がターニングポイントに

 この1年間、ターニングポイントとなったのは多くの識者が述べているように、6月4日の衆議院憲法審査会での参考人質疑だろう。民主党推薦の小林節慶應大名誉教授だけでなく、自公両党と次世代の党が推薦した長谷部恭男早稲田大教授、維新の党推薦の笹田栄司早稲田大教授の3人とも「集団的自衛権行使容認を柱とする安全保障関連法案は憲法違反」と言い切った。

 

 憲法に違反する法律を制定することは、憲法を無視するもので立憲主義に反する。全体主義国家、独裁国家でない以上、許されないことは安倍晋三首相も承知しているので、言葉上は「安保法案は合憲」と繰り返しているが、その後も歴代内閣法制局長官らが相次いで「違憲である」と表明。法の支配を無視するような首相補佐官の発言もあって、反対声明は日弁連はじめとする各団体、大学教職員らから次々と上がってきた。

 

 政府は「国民の理解が足りない」と言い続けているが、国民の問題に対する理解が進んできたからこそ、抗議行動にこれだけ多くの人が集結しているといえる。「日米ガイドライン」「集団的自衛権行使」との言葉を聞いても、内容がよく分からないとしていた人たちが戦争法案の本質を理解できるようになったのは、安倍首相や中谷元防衛大臣のお粗末答弁と言っても過言ではない。

 

 改憲派の保守論客である漫画家の小林よしのり氏が「安倍首相のおかげで国内に護憲派が急増。改憲はできなくなった」と述べていたが、本質を突いた発言だろう。ちなみに小林よしのり氏も小林節氏と同様、安倍政権の戦争法案に反対を明言している。

 

▽信用されなくなった既成メディア

 産経新聞は国会周辺を埋め尽くした人の数を「試算したが10万人もいなかった」との記事を掲載。連日お騒がせの橋下徹大阪市長もツイッターで「たったあれだけ」などと攻撃しているが、こうした動きは安倍政権の恐怖、あるいは焦りを代弁しているものだ。

 

 他方、メディア論としてみると、産経に代表される行為は既成メディアの「終わりの始まり」を示すものとみられ、非常に興味深い。ヤフーなどのインターネット・ポータルサイトは10年ほど前から広告の分野で既成メディアを凌ぐ勢いとなってきた。各社とも自社ポータルへの広告強化のため、情報コンテンツに力を入れてきたが、「『ニュース』では既成メディアの手を借りなければ…」と既成メディアと契約してきた。

 

 しかし、この流れは東日本大震災で変った。フェイスブックやLINEのようなソーシャルメディア(SNS)情報は当初、デマも多かったが、次第に市民権を得て、飛躍的に拡大した。2014年冬に起きた大雪災害では、速報を売り物にしてきたテレビ局がSNSの情報に負け、後追いするはめになった。単に遅れただけではない。視聴者や読者が知りたい情報は送らず、関係ない情報ばかり流しているという認識が高まってきた。

 

 ここまではまだ単に「マスコミもレベルが下がったね」という段階だった。しかし今日のマスコミ批判はこのステージを超えてしまった。NHKに代表されるように、現在の既成マスメディアは「わざと」報道しないとする批判が多くの市民の共通認識になろうとしている。

 

 8月30日の抗議行動を大きく扱った海外メディアに対して、1面から外した読売、日経のような中央紙、「ヒグマのほうが大きいかよ」とネットで総スカンを食らったNHK。特に、地下鉄の駅から出ようとする抗議行動参加者を駅構内に押しとどめようとする警察官を写したロイターの写真が世界中を駆け巡ったのに、日本では全く報道されなかったことなど。SNSでは批判が渦巻いている。

 

 しかし批判される分だけ、まだましともいえる。今回の総がかり行動、一部の新聞には意見広告として案内が載り、東京新聞などは予告記事を出していたが、そう喧伝されていたわけではない。にもかかわらず、多くの人々、特に若者が集まったのはフェイスブックやLINEなどでの情報拡散によるところが大きい。抗議行動の最中も、フェイスブックはパンク状態でなかなか発信できない状態が続いた。それだけ参加した多くの人たちが「お友達」に情報を発信し、それが「友達」を介して国内だけでなく、世界中に一瞬にして配信されていたということになる。

 

 安倍晋三首相ら政府首脳が理解できず、既成メディアの代表も誤認しているのは、こうしたソーシャルメディアに対する統制、弾圧はほぼ不可能ということだ。中国のように直接圧力を加えたり、米国のように盗聴などの手段で裏から抹殺を図ることは可能だろうが、いたちごっこに過ぎない。

 若者の「新聞離れ」が問題視されてからかなり経つが、「改善」されたという話は聞かない。それどころか、今回のようなメディアの動きは「新聞離れ」「マスコミ批判」を一層強めるだけといえる。

201591日)