啄木鳥no.32難民対策を台無しにした安倍首相会見の裏に、日本政府とメディアの「出来レース」

 記者クラブに胡座をかいている大マスコミの「死亡宣告」か

 難民と移民の区別もつかず、難民問題を人口問題にすり替えてしゃべり、世界に恥を晒した930日の国連での安倍晋三首相記者会見。当初は「馬鹿な首相だね」程度の取り上げ方だったが、105日になって会見のとんでもないからくりが暴露された。記者側から事前に質問内容を届けて、それだけを回答するはずだったが、外国人記者が難民問題の質問を追加したため、しどろもどろの回答になったというのだ。

 フェイスブックなどのSNSでスクープしたのは「アイ・アジア」という非営利の調査報道団体。証拠となる質問内容を印刷したプリントの写真も一緒に掲載。海外の記者からは「出来レース」という“好意的な”見方が出ているとしているが、内容は記者クラブ制度に胡座をかいている日本の大マスコミの死亡宣告に等しいと言わざるを得ない

 

難民を移民に、人口問題に

 事件の概要は次の通りだ(あえて全体を「事件」と呼びたい)。

 安倍晋三首相は930日未明(日本時間)、国連総会の一般討論演説で、シリア・イラク難民の問題について、約81000万ドル(約972億円)の経済支援を実施する方針を表明した。これを受けた記者会見で、ロイター通信の記者が「シリア難民問題への追加の経済的支援を表明したが、難民の一部を日本に受け入れることは考えていないか?」と質問した。

 

 これに対して安倍首相が答えた内容はご承知の通り、以下のようなものだった。

「そして今回の難民に対する対応の問題であります。これはまさに国際社会で連携して取り組まなければならない課題であろうと思います。人口問題として申し上げれば、我々は移民を受け入れる前に、女性の活躍であり、高齢者の活躍であり、出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもあります。同時に、この難民の問題においては、日本は日本としての責任を果たしていきたいと考えております。それはまさに難民を生み出す土壌そのものを変えていくために、日本としては貢献をしていきたいと考えております」

これを受け、ロイター通信は会見の内容を「安倍首相、シリア難民受け入れより国内問題解決が先」とのタイトルで報じた、という。

 

 この時期は欧州がシリアから増え続ける難民の受け入れをめぐって、各国の交渉が難航していた時期である。世論の高まりの中で、欧州の中でも受け入れに消極的とされていたイギリスが大規模な受け入れを表明。米国も10万人規模の受け入れを明らかにした段階であり、国連総会の最大のテーマになっていた。

 だから安倍首相も総会演説で、いつものように「経済支援」を発表した。それで事足れりとしたのだろうが、世界の関心はどの先進国が難民を受け入れるかどうかにあることは間違いない。ロイター通信記者も当然、世論に沿った質問をしただけであり、それに対して安倍首相は回答で国連出席の成果(?)を台無しにしてしまったというのが、表面に出てきた流れだった。

 

▽あらかじめ決められていた質問内容

 しかし、このロイター通信記者の質問は「出来レース」に反したものだったので、安倍首相は答弁用紙に書かれていないことを答えられなかったという事実が明らかになった。スクープした「アイ・アジア」がフェイスブックで報じた内容は次の通り。

 

 「もう1つ、質問が有る。あなたはシリアの難民問題で支援を表明したが、なぜ難民を受け入れないのか?」

 ロイター通信の記者がこう質問すると、通訳を通して質問を理解した安倍首相の表情が強張った。実は、その質問に慌てたのは安倍首相だけではなかった。会見場にいた日本人記者全員が「予定外」の質問にざわめきたったのだ。

 「予定外」の質問とはどういうことなのか。アイ・アジアが入手した首相官邸の資料や取材に応じたアメリカ人記者の話によると、この会見では、質問者も質問内容も予め決められていたのだ。つまり、出来レース会見だったのである。

 アイ・アジアが今回入手した資料は会見前に準備されていたもので、日本のメディアの記者と外国メディアの記者が交互に、5人まで質問することが決まっていた。極めて興味深いのは、その資料には、質問者の名前とともに、質問内容まで書かれていたことだ。

 まずNHKの記者が日ロ関係について質問、続いてロイター通信の記者がアベノミクスについて質問、続いて共同通信の記者が内閣改造について質問、そして4番目に米公共放送NPRの記者が普天間基地の移設問題について質問し、最後がテレビ朝日の記者で、国連改革について質問、となっている。

 これについて、初めて日本の総理の会見に出たというアメリカの雑誌記者は驚きを隠さない。

「質問事項をあらかじめ提出しろということですから驚きました。そんなことは、アメリカでは記者倫理に違反する行為です。ところが、それは日本の政府と記者との間では常に行われていることだというではありませんか。本気かよ?と思ったのは私だけじゃありませんよ」

 

 アイ・アジアの記事はまだ続くが、「想定外」に戸惑った経緯の概要は以上の通りだ。驚くのは安倍首相の国連演説直後の記者会見だというのに、シリア難民問題に対する質問が予定されていなかったことだ。一緒に質問を作成した内閣官房と同行記者には難民問題に関心がなかったことが、はしなくも露呈してしまった。アイ・アジアは質問内容と質問者が印刷された資料の写真を掲載している(質問者の個人名は隠されている)ので、同行記者団も言い逃れはできないだろう。

 

次は記事の検閲を官邸と一緒に?

 米国人記者に「記者倫理に違反する」とまで酷評されたジャパン・メディアの生態。いつから、こんな状態になったのか? 政治記者ではないので政治家との関係は分からないが、一般的にあらかじめ質問の内容を相手側に伝えるなど記者時代にしたことはなかったし、聞いたこともなかった。当然、相手から了承されたものだけ質問するということも。

 

 政治記者のレベルは問題視されて久しいが、民主党政権ができた当時は官邸や各大臣の記者会見にフリージャーナリストらが多数詰めかけ、長時間の会見も珍しくはなかった。当時は記者クラブの密室性を突破するものと期待されたが、新聞協会に巣くっている大手メディアは面白くなかったはずだ。

 

 安倍政権の誕生は記者クラブに常駐する記者の特権を復活させたのではなかったか。逆に言えば、特権を復活させるために大手マスコミと自民党が手を組んだとの憶測も成り立つ。共同通信の先輩である原寿雄氏(元共同通信編集主幹)は月刊「世界」の201412月号に「ジャーナリズムの覚悟」という論を寄稿した。「志あるジャーナリストは覚悟を決めて言うべきことを言い、書くべきことを書かねばならない『いま』だと思う」と。

 

 先輩には失礼ながら、もう志あるジャーナリストは大手マスコミから消えたとも言いたくなる。これは個々の記者の「覚悟」に矮小化する問題ではない。新聞、通信、テレビという情報産業のトップレベルでの「覚悟」という問題だ。トップが権力に癒着してしまえば、下の方は何もできなくなる。

 

 この次に大手マスコミの幹部が取り組むのは、書いた記事を当局に持って行き事前検閲してもらうための準備ということなのだろうか。NHKなどは5日夜のニュースでTPP大筋合意に早くも「うれしいニュースが飛び込んできました」と大本営発表していた。

 

 ちなみに安倍首相の答弁が支離滅裂となったシリア難民に話を戻すと、難民の女子の写真をイラストにして、「他人の金で。そうだ難民しよう!」という悪質なイラストのポスターがSNSで飛び交っている。いかにも「移民」が「難民」を装っているかのようなポスターを作成した「はすみとしこ」という女性は「安倍総理を支える会」というフェイスブック・グループの管理人だそうだ。そう思うと、記者会見での安倍首相の発言内容は、このイラストとよく似ていると言わざるを得ない。日本では少ないかもしれないが、海外ではそう思う人が多く、安倍発言とこのイラストが世界中に回っているらしい。非常に残念なことだが、これが日本と言われても返す言葉がない。

2015106日)