啄木鳥 no.12                                                  米エコノミストの眼

 米国のエコノミストは「アベノミクス」をどうみているか? ちょうど日本でフランスの経済学者トマ・ピケティ教授の「21世紀の資本」旋風が吹いていた頃、在日米大使館が主催した米エコノミストの講演会が東京であった。タイトルは「アベノミクスを評価する」。安倍晋三首相は日頃から「日米同盟」を強調し、米国の要求には素直に従っているようにみえる。個人的な見解と断った上での講演だが、米大使館も常々意見を聞いているというので、さぞやアベノミクスに好意的な講演かと思ったが、とんでもない。全面的な批判だった。

 講演したのは月刊、週刊のニューズレター「The Oriental Economist Report」編集長のリチャード・カッツ氏。1990年代から日本経済を分析しているという。米国内の知日派エコノミストとして、日本の経済誌にも度々登場している。

 カッツ氏の評価は、のっけから安倍首相に手厳しい。「日本にはリーダーが必要だが、安倍はリーダーではない」「アベノミクスはうまく行っていない」「金融政策が足踏みになっている。全く戦略がなっていない」「日本はリセッションに入ってしまった」など、厳しい言葉が同時通訳を通してどんどん飛び出す。

 特に批判を強めたのは、安倍首相と日銀が成果を強調している金融緩和による〝成長戦略〟。「デフレは原因ではなく、症状だ。インフレで皆が明るくなるのか」と前提条件から疑問視。「黒田(日銀総裁)が自負する金融の量的緩和は、エンジンの壊れている車にただガソリンをつぎ込もうとしているだけだ」と全面的に批判した。

 講演の中でカッツ氏が特に強調したのは、セーフティネットの構築。「日本は今のままでは、あまりにも破壊的だ」と指摘。「労働の積極的な向上が重要。政府は就労人口が増えていると言っているが、増えているのは非正規雇用者。福利厚生もきちんとしていない。現在30代の男性の25%は結婚もできない。労働市場の改革が必要だ」と、安倍首相をバッサリ。さらに「オランダは労働者を区別しない」と欧州を例に挙げ「同一労働同一賃金でなければならない」と強調した。

 一方、日本がどうしてこのような「破壊的な」状態になっているかについて、カッツ氏は日本の「既得権益」が原因と主張する。民主党・鳩山政権について「未熟ではあったが、既得権益にメスを入れようとしたために攻撃されて潰れた」と分析。「安倍晋三は特権階級の出身であり、自民党自体が特権、既得権益層でなっている」として、自民党及び安倍首相による「改革ができるか」とまで言い切った。

 またカッツ氏は、日本にとって原発の再稼働は必要としながらも、犯罪行為によって深刻な事故を起こした東電が刑事責任を問われない現状を変え、(「原子力ムラ」などの)既得権益層がなくならない限り、(国際社会は)再稼働に厳しい見方をするだろうとの見解も示した。

 同時通訳を通して、次々と聴衆に投げかけられた厳しい言葉に、米大使館主催というので安倍政権の経済政策支持ではないかと期待して集まった「新自由主義」礼賛と思われる聴衆はかなりショックな様子だった。

 日本の現在の経済を分析したカッツ氏の見方は、全体的な資本主義の流れを分析して「不平等の拡大」に警鐘を鳴らしているピケティ教授とよく似た考えであることに驚く。ピケティ教授は日本での講演で「(先進諸国の特徴として)相続財産に依存する『世襲社会』が戻ってきている」と述べ、不平等社会の拡大を指摘したという。

 カッツ氏が指摘している「既得権益」(同時通訳者がそう当てはめているので、カッツ氏自身が何を指しているのか不明だが)層は、ピケティ教授が言う「世襲社会」あるいは有名になった方程式「r>g」が指すrの部分、資本収益率の高い、株・不動産など多くの富を所有する富裕層と重なるところが多いのも似ている。

 カッツ氏はことさら「同一労働同一賃金」「労働市場の改革」を強調することで、これから格差が拡大させないことが日本経済の持続的発展の鍵と強調している。もちろんカッツ氏は米国政府の見解を示しているわけではないし、米エコノミスト全体の対日評価が同じというわけではないだろう。しかし20年以上にわたって日本経済を分析してきた知日派のエコノミストの見解は小さくない。日本の新聞やテレビが伝える「知日派」発言とはだいぶ異なっていること、その講演を米大使館が主催したことは、米国内での見方の一端をうかがわせるものとして注目する必要がある。

 「同一労働同一賃金」さらには、「異なる内容の労働であっても同じ価値の労働であれば、性別や雇用形態、人種、国籍などによらず、同じ賃金を支払う」とする「同一価値労働同一賃金」の原則は国際労働機関(ILO)の憲章にうたわれているが、実際は真逆の方向にある。

 カッツ氏に指摘されるまでもなく、日本では格差、不平等の拡大が進んでいると実感している人は多い。警鐘を鳴らし続けているエコノミストも国内にいないわけではない。にもかかわらず、ピケティ教授のような欧米のエコノミストが発信しなければ、日本の大手マスコミは取り上げようともしないということは情けないことだ。

201525日)