啄木鳥

何でも萎縮? 自主規制がまん延しているメディア界

かねてから巨額過ぎるうえ神宮の森を破壊するとして批判の強かった東京オリンピックのための新国立競技場計画。今月12日には、建築界のノーベル賞といわれるプリッカー賞を受賞し、被災地の仮設住宅建設でも献身的に活動されている伊東豊雄氏が改修案を発表し、久しぶりに話題となったが、この新競技場の問題点を建築家で元熊本大大学院教授の堀池秀人氏が東京新聞の5月19日付夕刊に「規模の暴力、東京を襲う」として寄稿している。

 新競技場計画には「知性と理性の欠落が透けて見えてはないか」と疑問を投げかけているが、人柄なのか堀池氏の寄稿文はかなりソフトな筆致で、伊東市のように筆法鋭くというものではない。

 にもかかわらず、堀池氏はほぼ同様の寄稿文を全国紙に用意したが掲載見送りとなったと指摘していることが気になった。

 この部分の記事をそのまま転載する。

「本稿は昨年10月初めに他の全国紙の論壇用に用意された拙稿を基にしている。何故だか掲載見送りとなったが、今回の新国立競技場問題ではそうしたマスコミの萎縮ぶりも気になる。成熟した国家を自認するならば、文化に関わる言論活動にこそマスコミの真価が問われてくるからである」

 自民党・安倍政権の誕生以来、マスコミの自主規制、権力へのおもねりは目に余る状態だが、こうした外部筆者の寄稿文まで規制し始めているということにあ然とする。まともな新聞は東京新聞だけという証左とも言えるが、極めて危険な状況であることに間違いない。

(2014年5月20日)