本当の英雄だけが示す世界

日本時間の615日午前10時から始まったサッカー・ワールドカップの日本チーム初戦、アフリカのコートジボワールとのゲームで、テレビ観戦ながら鳥肌の立つような思いを味わった。

 試合内容ではなく、コートジボワールの中心選手、ディディエ・ドログバが試合後半15分過ぎに途中出場した瞬間だ。選手交代で観客席が湧くことはままあるが、ドログバの場合は全く様相が異なった、と感じた。スタジアム全体を包み込む地鳴りのような歓声。テレビ画面いっぱいに映し出されたドログバの表情。その瞬間、試合の雰囲気が一変したと感じたのは私だけだっただろうか。

 ドログバの名前は新聞やテレビでも連日報じられていた。コートジボワール代表チームのエースであり、世界的な点取り屋。イングランド・プレミアリーグでは2度得点王に輝いた。4年前のワールドカップ直前に日本チームと行った強化試合で、闘莉王と接触し右腕を骨折した、などなど。

 世界でもトップの選手だから、途中出場したときに観客が沸き立ったのだろうか。たぶん、その要素は多分にあったに違いないが、それだけではないような気がした。その答えが試合終了後に調べたフェイスブックの中に見つかった。

 英国の新聞インディペンデントを引用して紹介しているFBの記事によれば、ドログバは「コートジボワール内戦を止めた男」という。かつては「象牙海岸」と称されたコートジボワールでは、1960年代以降独立した他のアフリカ諸国と同様、部族間対立が解消せず、2002年には政府系の南部と反政府系の北部に分裂し内戦が勃発した。

 これに対してドログバは南部も北部も同じ国民「ドログバシテ」と主張。「エレファンツ」と呼ばれるサッカー代表チームとチームカラーのオレンジは南部出身者も北部出身者も一つになって国のために戦うシンボルとなった。そして200510月、翌06年のワールドカップ・ドイツ大会出場を決めた試合後、ドログバは生中継のテレビカメラに向かって「武器を置いて、選挙を実施してください」と訴え、停戦が実現したという。米誌タイムは、そういう経緯もあってか、ドログバを「世界で最も影響力のある100人」の1人に選出している。

 しかし気づいた範囲で、こうしたことが書かれた日本の新聞記事、テレビ報道は見かけられなかった。日本のマスコミは海外メディアの情報を事細かく集めているので、インディペンデントに掲載された記事は認識しているはずだ。どこかで書かれているのかもしれないが、少なくとも大手紙は無視しているようだ。

 スタジアムにいた観客の大半は「内戦を止めた男」の詳しい内容は知らなかったのかもしれないが、ドログバが醸し出すオーラに満たされ、歓声になったのだと思う。日本のスポーツ・ジャーナリズムはスター選手に対して気軽に「英雄」という言葉を乱発しているが、本当の英雄はドログバのような選手をいうのではないか。少なくとも、何とかして戦争への道を突き進もうとしている政治家は、ドログバのような英雄にはなれない。

2014615日)