「啄木鳥」                        「復興加速化指針」の下で、次第に捨てられていく住民

 避難指示解除に動く福島県浪江町の実情間もなく「3.11」が来る。

 

 東日本大震災から6年。あの日着の身着のままで逃げた人たちの相当な人がまだ「帰還」できていない。宮城県や岩手県ではそれなりに高台移転などの動きが活発化している。しかし東電福島第一原発爆発事故で家を追われて逃げた人の間では自宅に戻ることを諦めた人たちも多い。帰りようがないという地域も残っている。

その一方で、原発事故の被災地では3月末から4月1日にかけて4つの町村で「帰還」が始まる。福島県の自主避難者への住宅借り上げ補助も3月末で打ち切られる見込みだ。福島復興加速化指針の下で、安倍政権は何を狙っているのか。

▽不安を訴える住民の声

年度替わりで帰還となるのは富岡町、川俣町、浪江町、飯舘村。このうち浪江町が5841世帯1万5327人、富岡3830世帯9578人、飯舘村1753世帯5859人、川俣町山木屋地区548世帯1160人となっており、浪江町がとびぬけて多い。

浪江町の馬場有町長が国の避難指示解除の受け入れを決めたのは2月27日だが、翌28日の福島民報は「同町は双葉郡では最も人口が多く、住民帰還により郡北部の復興が加速すると期待されている」と書いた。全戸避難をしていた浪江町の解除受け入れ、帰還開始は、それだけ国にとっても大きなターニングポイントなのだろう。

浪江町は今年1月末から2月中旬にかけ10回、住民懇談会を開催した。このうち2月7日開催された東京の懇談会(第9回)を訪れ傍聴した。懇談会では馬場町長あいさつの後、国の現地対策本部、除染の環境省、内閣府復興庁、同町当局者が説明した後。約10人の町民が質問したが、いずれも避難指示解除と帰還に否定的だったり、不安を訴えるものだった。

例えば、国の現地対策本部が昨年昨年10月から始めた「特例宿泊」や11月からの「準備宿泊」に参加した人は「準備などで1週間住むのと、帰還して住むのでは全く違う。我が家の300メートル裏に除染廃棄物のフレコンパック(トン袋)が4段に積まれており、さらに段を重ねるという。大型ダンプがひっきりなしに道を走っていて、戦場で戦車が走り回っているようなもの。こんな環境で帰還させるのか」と訴えた。

また「帰還は強制ではない」としながら、「(災害救助法に基づく借上住宅制度で借りている)応急仮設住宅への家賃負担を1年しか延長しないというのは脅しではないか」など、支援打ち切りとみなされかねない施策への不安が出た。

これに対する行政側の対応は必ずしも住民が納得できるものではなかった。ダンプが走り回ることに対しては「注意したい」と具体的な回答を避けたし、1年間の延長も「応急仮設の状況は全地域で異なる。1年ずつしか更新できない」などと、住民にとって将来設計できない回答に終始した。

 住民懇談会の取材を続けているウェブ版の「民の声新聞」によると、他の会場でもほぼ同じやり取りに終始していたらしい。ただ、これは浪江町当局が変だというのではない。町は国の方針に従って回答しているにすぎない。

 

▽「戻らない」は半数以上

浪江町はエリアによって降ってきた放射能のレベルが異なり、線量によってA「避難指示解除準備区域」B「居住制限区域」C「帰還困難区域」に分かれている。今回、帰還が可能になったのはAとBの区域。Bが7858人(2934世帯)、Aが7469人(2907世帯)計1万5327人で町全体の約8割を占める。

帰還は「強制ではない」としながら、それ以外の選択肢は次々と外している。浪江町住民は強制避難となっているので、自主避難者に比べると行政の支援は手厚いとされているが、懇談会などで実態を聞くとそうではないことが分かる。避難した人たちが東京や神奈川などで「一時入居」した施設は古い公営住宅が多い。使っていなかった公営のアパートなどを一時的な施設として貸与したためだ。「短期」だったはずが長期化しているが、修理にはなかなか対応してもらえないという。避難指示解除を町として受け入れる前でそうなのだから、4月以降は行政の対応もさらに冷たくなるだろう。

町が昨年9月に実施したアンケートでは①「すぐに」あるいは「いずれ」戻りたい17.5%②判断つかない28.2%③戻らないと決めた52.6%-と過半数が「戻らない」と答えていた。準備宿泊などが始まる前の回答であり、先の訴えのように宿泊してみて困難と感じた人は多そうだ。4月以降、行政職員らを除いて、あまり帰還しないのではないかと想定される。

▽「年間1ミリシーベルト」は廃炉次第

帰還しない理由の一つが、被ばく線量の問題だ。国が定めている公衆の被ばく線量限度は年間1ミリシーベルトだが、今回帰還できるとしているエリアは年間20ミリシーベルト。この根拠について、政府は被ばくが100ミリシーベルトを超えるとがん罹患率や死亡率が上昇するが、それ以下は健康リスクの明らかな増加は証明できないなどとの「国際認識」を挙げている。だったら法律を変えて、全公衆に20ミリシーベルトを受容させればいいはずだが、福島原発事故被害者に限った対応となっている(今後、同様の原発事故が発生すれば、その被害者にも適用されるだろうが)。

町も「1ミリシーベルト」の追求を止めたわけではないが、「長期目標」に留まっている。達成時期を明確にしないのは、前提となるのが東電福島第一原発の廃炉だからだ。福島第一原発2号機では最近のロボット調査で、格納容器内のカメラ映像から毎時650シーベルトいう、とてつもない高い推定放射能量を計測したのだ。カメラを積んだロボットを入れた格納容器には溶けた核燃料(デブリ)のような黒い塊が見つかっていた。

茨城県東海村で起きたJCO臨界事故で死亡した2人の作業員が浴びた被ばく線量は16~20シーベルトと6~10シーベルトと推定されており、実際にデブリ近くでは数千シーベルトとも想定される現場に簡単には近づけない。雑誌アエラは3月6日号で「廃炉のタブーが現実味」と題して、旧ソ連チェルノブイリ原発のような「石棺」で覆う以外に方法がないのではないかとする吉岡斉・九州大学教授の話を伝えている。東電と国は2018年度にデブリ取り出しの方法を決めることになっているが、廃炉事業を担うはずの東芝は、原子力事業そのもののとん挫で企業解体状態になっている。

結論を一日伸ばしにして、帰還した後に「廃炉は困難、100年は石棺で覆う」という結論を押し付けられたら、住民は20ミリシーベルトの世界に生きていかなければならなくなる。

▽2千人超した原発関連死

3月1日付の福島民報、特集「フクシマは今」によると、福島県が2月20日発表した避難人口は7万9446人で8万人を割った。ピーク時から半減したが、それでもこのうち約1万2000人は仮設住宅に住んでいる。3月3日付民報によると、震災(原発事故)関連死は2月27日現在福島県内で2129人。直接死の1604人よりも525人多く、震災死者全体の54%という。自殺者も87人で宮城、岩手の2倍となっている。また行政の支援が届きにくい福島県内外の自主避難者は1万2000世帯、約3万2000人に及んでいる。3月末で打ち切られる借り上げ住宅支援の対象者は約2万6000人(福島県生活拠点課)に及ぶ。

 復興加速化指針で商店や医院などは準備整備されており「復興が進んでよかったね」などとする外部の声も増えている。しかし実情は取り残される人々が「復興」の名の下で忘れ去られようとされていることだ。

(2017年3月8日)