「原発ゼロ」と熟議民主主義

日本と韓国の討論型世論調査を比較する

 

 一連のロウソク革命から朴槿恵(パク・クネ)大統領弾劾に続いた韓国の政治的変化の中で、2017年5月文在寅(ムン・ジェイン)大統領が誕生。文大統領は選挙公約に「脱原発」宣言を掲げ、韓国も脱原発路線に転換していくと表明して脚光を浴びた。文大統領が掲げた公約は①建設中の原発の建設を中断②計画中の原発の白紙撤回③設計寿命の延長はしない④脱原発ロードマップを作成ーなど。このうち選挙まで建設が続いていた「新古里原発5、6号機」について、いったん建設を中断し、早期の「社会的合意の形成」に務めるとした。この際、文政権が「社会的合意」を得る方法として採用したのが「討論型世論調査」と呼ばれる手法だった。この手法は、実は民主党政権下の2012年に日本でも行われていた。テーマは同じ原発問題だった。

 

▽社会の縮図をつくって討議

 2011年3月11日の東日本大震災と東電福島第一原発爆発事故を受けて、当時の菅直人民主党政権は、事故前の原発推進から大きく舵を切って、脱原発を打ち出した。脱原発宣言はしかし、経済団体、労組、原子力ムラなどからの総攻撃に遭い菅首相は退陣。後を継いだ野田佳彦首相は「脱原発依存」などと微妙にずれながらも「エネルギー・環境に関する選択肢」として、2030年に「原発ゼロ」「原発依存度(比率)15%」「同20〜25%」という3つのシナリオを作成し、広く国民から意見を求めた。この時に採用されたのが「討論型世論調査」である。

 討論型世論調査(DP)は米スタンフォード大学のJ・フィシュキン教授とテキサス大のR・ラスキン准教授(当時)が考案。日本では慶応大学にDP研究センターが設けられ、専ら同センターの指導で進められている。2012年の調査でも、フィシュキン教授が指導し、慶応大学が事務局(場所も提供)となった。

 世論調査は普通、メディアや政府機関などが無作為に抽出した人に対して、面談や電話などで質問。その答えを集計して傾向を見る。しかし「今の内閣を支持しますか」などという質問と異なり、公共政策をめぐっては人びとは十分な情報を持ち合わせていないことが多く、意見を表明したり、態度を決めかねていることが多い。

 討論型世論調査はこれを克服するために考えられたもので、人口や地域、性別、年代などを考慮した無作為抽出法で選ばれた参加者による「社会の縮図」となる討論フォーラムを作る。十分な情報に基づいて行われるフォーラムでの議論は公共政策を考えるうえで、非常に参考になるというのが、同センターの説明である。

 では、2012年の調査はどのように行われたのだったか。その推移、結果は2017年の韓国「公論化」の結果、その後の対応などを見るうえで非常に参考になる。立憲民主党が国会に提出する「原発ゼロ基本法案」を国民的討議に持って行けるかどうかを考えるうえでも重要だ。

 

▽熟慮の結果、47%が原発ゼロ支持

 2012年の討論型世論調査は8月3、4の両日、東京都三田の慶応大キャンパスで行われた。政権は事前に「エネルギー・環境に関する選択肢」について、広くパプリックコメントを取ったうえで、全国の成人1万2048人を対象に世論調査を実施。回答した6849人から「討論フォーラム」への参加を募り、応募した人から無作為に抽出した285人を招いて討論を行った。

 参加者には事前に討議資料が送られており、全体会議と15〜20人の小グループに分かれての討論。専門家や政策担当者への質疑、さらに小グループ討論などを繰り返した。この間フォーラム参加時と中間時、最終と3度アンケート調査を実施し、参加者の意見がどのように変化したのか、あるいはしなかったのかという傾向を調べた。

 フォーラムに先立っては、フィシュキン教授らによるコーディネーター(進行役)の訓練も実施、政府などによる世論誘導がないようにするという徹底ぶりだった。

 フォーラムには大手メディア各社も詰めかけていたというが、ちょうどロンドン夏季五輪と重なってしまい、結果中心の小さな報道になってしまった。しかし事務局を務めた曽根泰教慶応大教授は「読書人」11月号に『2030年原発ゼロ47%の衝撃 討論型世論調査から何が見えたが』という小論を掲載。さらに同年12月8日付け朝日新聞にコラムを掲載して、討論の流れを分析している。

 それによると、原発ゼロは討論前の調査で32.6%だったのが、討論後46.7%に急上昇した。一方15%は16.8%から15.4%に減少したのに対し、20〜25%は13.0%で横ばいだった。特に「0%シナリオ」を「強く賛成」との回答は電話世論調査では高かったが、討議フォーラムの開始時には低くなった。しかし熟議を経て、再び高くなるという傾向をたどったという。また20代と30代の原発ゼロへの賛成比率が低く、男女間では男の賛成比率が低かったという。

 フォーラムは2012年という、まだ事故のショックが収まっていない時期だったが、傾向は今も大して変わっていないのではないだろうか。討論型世論調査による市民の意思つくりを「熟議民主主義」ともいうが、曽根教授は「市民が政府の審議会などと同じ内容の資料を読み、討議した末に出した結論は重い」と指摘している。

 

▽「教科書」通りの討議運営

 一方、韓国で昨年行われた討論型世論調査。先日、都内で行われた韓国慶北大学で行政学の研究をしている高野聡氏が帰国した報告会で「熟議民主主義と公論化プロセス」について報告したので、話を聞いた。

 高野氏の報告を基に、日韓の「討論型世論調査」を比較してみると、なかなか興味深い。韓国の討論型世論調査(韓国の言い方によると「市民参与型調査」)は、文政権発足で中断した新古里原発5、6号機について建設を再開するか、中断するかを問うとともに、将来は原発をどうするか聞くものだった。結論からいうと、最終的に建設再開が中断を大きく上回ったが、同時に将来は脱原発に進むべきとの答えも過半数に達した。日韓で差が出たのは、日本の調査が現実に進められている開発計画を問うものでなかったことが大きいとみられるが、それだけとは言えないようだ。

 

 元々の設計がスタンフォード大学方式であるためか、日韓のスタイルはほぼ同じだ。ただ、韓国では国務院総理の下に「公論化委員会」という公的な機関が最初に作られた。委員長は総理が委嘱し、人文科学、科学技術、調査設計、コンフリクト・マネジメントの4分野から専門家が8人選出され、委員会を構成。この際、原発推進派と反対派の専門家は排除されたという。

 委員会の外に、協議を支援するいくつかの組織が作られたが、中で興味深いのが「コミュニケーション協議会」。高野氏によると、建設再開、反対の双方の代表者による統一した協議の場を設定。資料集やeラーニングの映像などを作成したり、討論会の運営などの細部を調整した。資料集では、双方が目次や議題を統一するとともに、相手側に対する反論を注釈でもうけるなど、一般の人が理解を深められるような形を作って、討論に備えたという。

 具体的な調査はまず、第一次調査として2017年8月25日から9月10日にかけて、韓国民2万人を無作為に抽出して電話による世論調査を実施。日本と同じように、合宿討論に参加可能かどうかも質問。その上で「階層化二重抽出法」という手法で「市民調査団」471人を選出。建設再開・中断維持の双方の主張が盛り込まれた資料集が事前に配布され、10月13日から15日まで2泊3日の合宿討論会に臨んだ。この間、資料集は一般にも公開されたという。

 「市民調査団」の選出に当たっては、人口、地域、性別、年齢などの構成、さらに賛成・反対の比率などが「韓国の縮図」となるように配慮され、コーディネーターによる世論誘導を避けるなど、フィシュキン教授らの教科書通りの運用だったようだ。2泊3日の合宿討論は全体会議や小グループ討論、双方の専門家によるプレゼンやディベート、質疑などが繰り返して行われ、最終的なアンケートとなった。このレベルは、時間がなかった日本に比べて進んでいることが分かる。

 

▽6割が建設中の原発再開支持、しかし将来は‥

 そうして熟議した討論の結果は、脱原発派にとってはショックなものだった。最終的には建設再開賛成が59%、中断支持が41%と大差で建設再開を勧告するという結果になった。最初の世論調査時点でも建設再開賛成の方が多かったが、両者の差は9ポイント程度だった。しかし討論型世論調査で熟議した結果、18ポイントという大差がついた。

 特に衝撃的だったのは、調査のたびに建設再開への支持が増加したことだったと、高野氏は言う。1次調査では36.6%の支持だったが、2次では44.7%に、3次では57.2%、そして最終では59.5%と、態度を保留していた人たちが建設再開支持に回ったことになる。特に当初は建設中断を支持していた20代、30代が最後に逆転。20代では1次の17.9%から最終で56.8%とダブルスコアになった。一方で、将来的な原発の方向性では、「縮小」が53.2%と過半数を占め、「拡大」は9.7%にとどまっている。それも合宿の熟議が深まるにつれ、縮小が増加するという結果になった。

 

 この結果を受けて、韓国の脱原発派には「メディアが歪曲して報じた」「文大統領の関与が行われなかった」などの意見が強まり、「討論型世論調査(市民参与型調査)によって、世論が分断された」などの否定的な見方が増えているという。しかし調査後のアンケートでは、資料集やeラーニングなどの資料に対する信頼度に比べ、一般メディアの信頼度は低く、脱原発派が主張する「歪曲メディア」の影響が大きかったわけではなさそうだ。

 

▽経済的なメリットの訴えが重要

 背景には、韓国では電力エネルギーに占める原発の比率が高いことが上げられている。石炭火力が最も多く43%だが、原子力はそれに続く30%(2017年末段階24基)。風力と太陽光はわずか1%しかない。さらに朴槿恵政権下の2015年に策定された「第7次電力需給基本計画」では2029年までに原発13基の新設を目指すことにしており、このままでは2029年時点の原発稼働は35〜39基になる計画となっていた。

 こうした電力事情を踏まえると、原発の危険性を専ら打ち出し、経済面についての提案がなかったことが大きいとみる向きもある。現状は中断だが、建設を中止し廃炉した場合の補償などの対応策、原発に代わる代替エネルギーへの提案などが示せず、「韓国で最後の原発」という声におされた可能性も高い。脱原発派には、朴槿恵政権を倒した「ロウソク革命」への漠とした過信もあったと、高野氏は指摘する。「原発がなくても、やっていける経済と社会」という像を示せなかったことが、最後に建設再開に大きく舵を切った。

 それを示すように、韓国のリベラル系雑誌『緑色評論』編集・発行人の金鐘哲氏は月刊『世界』2018年1月号に寄せた「韓国『ロウソク革命』の中で〜小田実没後10年に寄せて」とのコラムの付記で、討論型世論調査の結果に触れ「調査に参加した市民の一部の事後所感を聞いてみると、多様な理由があるが、やはり最終的な判断基準は経済論理だったと思われる」と述べている。

 

 韓国の脱原発派の中には討論型世論調査に否定的な感情が出ているようだが、一般国民の間では評価が高い。事後の新聞などの世論調査では「公論化委員会」による調査を今後もやって欲しいとする回答が83.2%に達し、公論化委員会の常設機関化を支持する声も72.7%に達している。

 

▽「選挙至上主義」からの脱却を

 2012年の日本民主党政権下での討論型世論調査について、大手メディアはあまり報じなかったため、浸透したとは言い難い結果になった。民主党政権はパブリックコメントや討論型世論調査の結果を受けて、「2030年代に原発ゼロ」という姿勢を打ち出したが、その後の総選挙で自民党に敗北、原発ゼロは今日までうやむやになったままだ。

 これに対して、法政大学の杉田敦教授は2013年4月11日付けの朝日新聞で、民主党罫線の決定は国民の声を受ける形で、様々な政治状況の中でギリギリの選択をした結果の決定だったと指摘。「選挙結果だけが『民意』で、それ以外は『雑音』であるという『選挙至上主義』の考えなら、自民党が勝ったのだから民意は原発(賛成)となるかもしれないが、今の選挙制度はそういう形になっていない」と、選挙が「民意」という姿勢を批判していた。

 

 今日も状況は変わらないのではないか。安倍晋三首相が総選挙に勝って「原発推進の民意を得た」と言うのがおかしいと同じように、文大統領が選挙に勝ったからといって、自動的に2つの原発を廃止する民意を得たと主張することはできない。そのことからも討論型世論調査の採用は正しい選択だったと思われるし、「常設化」を求める国民が多いことも民主主義が発展している証左といえる。