「書評」  テレビは原発を「啓蒙」する権力の手段だった           「除染される」福島原発事故の記憶と、七沢潔・NHK放送文化研究所上級研究員著

 

 著者は2011年3月の東日本大震災に伴う東電福島第一原発爆発事故の後、現場に復帰して現地取材によるドキュメントを何本か制作、その後「厳重注意」処分を受け現職にある。本書の前半の記述はそのドキュメント絡みの話だが、なぜテレビと原発報道に60年という年代を振ったのか。最初はなぜだろうと思ったが、「正力松太郎」というキーワードで納得がいった。福島原発事故とその後の報道という近視眼的発想で眺めている限り、歴史的関係に気が付かなかっただろう。ともに米国から導入されたシステムであるテレビと原発が、被爆国日本の国民に被害者意識を失わせ、核への盲従を作り上げてきたのではなかったのか。本書はそんな疑いを投げかける。

 

▽一瞬だけの「異次元的状況」

 読売新聞社主かつ日本テレビの創始者だった正力松太郎は、日本の「テレビの父」であると同時に「原子力の父」といわれている。正力氏にはさらに「米CIAのエージェント」という称号も追加される。テレビ発展の歴史と最大54基もの原発建設とは全く別個に進んできたのではない。「テレビは導入の原点から原子力推進に向け『社会を啓もうする』役割」を担ってきた、と七沢氏は指摘する(139ページ)。

 つまり現在の権力追従的報道姿勢は最近になって始まったのではなく、大衆文化の担い手とされるテレビそのものの立場は元々権力側に立ったものであることが、より顕在化したともいえる。

 七沢氏によると、それが変わった時期が一瞬だけあったという。2011年3月の福島事故直後、「(それまでの)『大本営発表』から潮目が変わったかのように『実のある』ニュースが流れ出した」。七沢氏によると「異次元的状況」といえるものだったが、間もなく「見事に四散する」(50ページ)。

 異次元的状況とみなされながらも、大マスコミは当初から現場に入らず、「直ちに影響はない」的な御用学者の発言を垂れ流ししていた。しかし2011年ごろは、それなりに問題点も指摘していた。しかし「2012年ごろから世論のモードチェンジを図る企画」に移り、2014年暮れ完成域に達したというのが、七沢氏の分析だ。氏自身、2012年4月に「上司を批判して傷つけた」との理由で厳重注意処分を受けている。

 

▽脱原発と国民主権つぶしにメディアも一役

 2012年は民主党から自民党に政権が移った年である。このころ原子力関係で何があったのか。福島事故直後の2011年7月、当時の菅直人首相は記者会見で脱原発を宣言した。翌12年には民主党政権が「エネルギー・環境に関する選択肢」と題するパブリックコメントを広く国民に求め、9月には「30年代原発ゼロ」を打ち出した。今思い返すと、大半のメディアは民主党政権の方針を「現実的ではない」などと口を揃えて批判していた。モードチェンジを急いだ理由の一つは、民主党政権の「脱原発」だったことが分かる。

 この2012年に対して、作家の中島京子さんは今年7月17日付けの毎日新聞朝刊コラム「時代の風」で次のような話を提供している。「今年の参議院選挙期間中、インターネットのSNSで、たいへんな勢いで視聴された映像があった。『創成日本』という超党派の議員団体が2012年5月に開催した研修会を録画したもの」という。そこでは自民党の閣僚経験者が「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義をなくす」と叫んでいた。当時の「創成日本」の会長は野党時代の安倍晋三氏だった。2016年の政治状況は2012年に始まっているともいえるものだが、2016年に猛烈な勢いで視聴されていることすら「新聞やテレビで報道されたのをみたことがない」と中島氏は指摘する。中島氏も毎日新聞の7月12日付夕刊に載った作家の平野啓一郎氏のコラムで初めて知ったという。

 

▽記憶の半減期と記憶の除染

 もともと国民には原発事故にかぎらず「記憶の半減期」があると七沢氏は指摘する。だが異次元的状況からモードチェンジする際、隠ぺいの協力者としてメディアが存在。特にテレビ局の「忖度」によって、記憶は半減期どころか、危険性の「意識化以前」に戻されてしまった、とみている。さらに誤報かどうか疑念の残る朝日新聞の「吉田調書」事件(福島第一原発所長だった吉田昌郎氏の政府事故調査委員会での証言内容スクープ記事に誤報があったというもの)での読売新聞をはじめとする全国紙の執拗な攻撃で、「記憶の半減期はかなり短縮された」。

 その視点からみると、現在の報道は事故前のレベルに戻ったものともいえ、本来は許容できないはずの被ばくに「許容線量」を要求したり、「風評被害」を強調して寡黙を強要。あるいは「神風(特攻隊)」に通じる情緒的ナショナリズムによって事故の真相を覆い隠す、等々のことが頻繁に進められ「記憶が除染されている」と述べている。現在「除染」されているのは放射性物質ではなく、事故の記憶、さらには事故の真実であるというのが著者の訴えだ。

 「異次元的状況」からの手のひらを返すような「モードチェンジ」、当事者からすると一時期の熱病から覚めただけと言うのかもしれない。しかし報道だけの責任にしていいのだろうか。「テレビは民意が弱まると、無力化するという限界を持っている」と七沢氏は述懐している。記憶を除染されないようにすることが重要と言えそうだ。

(2016年8月24日)