コラムno.23                                                     辺野古新基地建設計画は沖縄戦からつながっている 翁長雄志沖縄県知事が投げかけた歴史の意味 (沖縄・辺野古ノート2)  

 今年4月17日、安倍晋三首相と翁長雄志沖縄県知事が初めて会談した時、冒頭マスコミに公開された翁長知事の発言途中、報道陣は官邸側から退去を命じられた。当初はなんと失礼な話だとしか思っていなかったが、沖縄に行って、いろいろ学ぶうちに官邸がマスコミを遮るには、それなり理由があったことを初めて知った。

 戦前の「弁士中止」命令を想起させる、この事件を当日報じたのは見ている限りテレビ朝日の「報道ステーション」だけだったし、新聞各紙も取り上げてはいたが、そう問題視した記事はなかった。大騒ぎしなかったのは、各社の記者は理由についてレクチャーを受けたためかもしれない。

 

 テレビカメラや記者が去る直前、翁長知事は何と話していたのか。各社の報道によれば、次のような発言だった。

 

 沖縄は自ら基地を提供したことは一度もない。普天間飛行場もそれ以外の基地も戦後、県民が収容所に収容されている間に接収され、または居住場所等をはじめ、銃剣とブルドーザーで強制接収され、基地建設が保たれている。

 自ら土地を奪っておきながら、老朽化したから、世界一危険だから、沖縄が負担しろ。嫌なら代替案を出せと言われる。こんな理不尽なことはないと思う。

 

 実は、翁長知事は菅官房長官との会談でも、同じ趣旨の発言をしている。「日本の国の政治の堕落」との表明が話題になった一連の発言は、このようになっている。少し長いが、そのまま引用する。

 

 今日まで沖縄県が自ら基地は提供したことがないということを強調しておきたい。普天間飛行場もそれ以外の取り沙汰される飛行場も基地も全部、戦争が終わって県民が収容所に入れられている間に、県民がいる所は銃剣とブルドーザーで、普天間飛行場も含め基地に変わった。私たちの思いとは別に全て強制収容された。自ら奪っておいて、県民に大変な苦しみを今日まで与えて、そして今や世界一危険になったから、普天間は危険だから大変だというような話になった。その危険性の除去のために「沖縄が負担しろ」と。「おまえたち、代替案を持っているのか」と。「日本の安全保障はどう考えているんだ」と。「沖縄県のことも考えているのか」と。こういった話がされること自体が日本の国の政治の堕落ではないかと思う。

 

 沖縄で暮らす、ある程度年配の方々なら翁長知事の発言の意味がすぐに分かっただろうが、知事の発言の意味は一般論ではない。明確な法的根拠に基づいた正当な主張だったのだ。翁長知事は菅官房長官との会談で、米軍政時代のキャラウエー高等弁務官を持ち出し、米軍統治下の沖縄がどうだったかを国民に想起させたが、提起している問題点は沖縄戦まで遡る。2度にわたって、問題の根幹が沖縄戦から始まっていることを指摘されるのが嫌だったので、官邸は慌てて報道陣を遠ざけたのだろうと推察される。

 

国際法規に反する米軍基地

 その法的根拠とは2つ。「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」の付属書である「陸戦ノ法規慣例二関スル規則」(通称ハーグ陸戦規則=規定ともいわれている=)と、1945年4月(3月26日ともいわれる)に沖縄戦の最中、米国のチェスター・W・ニミッツ海軍元帥(米太平洋艦隊司令長官)が発布した米国海軍軍政府布告第1号(通称ニミッツ布告)である。歴代沖縄県知事が首相との会談で、これらの法的根拠を基に理不尽さを訴えたのは初めてではないか。辺野古新基地反対運動をしている人の中にも「目から鱗が落ちた」と話していた人がいたので、沖縄でも十分に知られていないのかもしれない。

 

 その「ハーグ陸戦規則」。

 第46条は「私権の尊重」として「家の名誉及び権利、個人の生命、私有財産ならびに宗教の信仰及びその遵行を尊重しなければならない。私有財産は没収してはならない」と規定。また47条は「略奪の禁止」として「略奪はこれを厳禁とする」と規定している。

 私有財産は没収してはならないのだ。占領地で軍事上、「徴発」(略奪ではない)できるものも、「食糧、燃料、被服等の物資や兵馬の宿泊所・休息所または傷病兵の治療施設といった役務のような占領軍の直接必要とするものに限られる」(世界大百科事典より)とされている。

 一方の「ニミッツ布告」。

 占領下での居留住民に対して向けられたものだが、その第4項で「本官の職権行使上その必要がない限り居住民の風習並びに財産権を尊重し、現行法規の施行を持続する」(口語訳)と定めていた。

 

 つまり「ハーグ陸戦規則」と「ニミッツ布告」をきちんと解釈すれば、軍の占領下では一定の「徴発」はあっても、居住民の財産権は尊重し、私有財産を没収しないことを守る責務を明確にしていることは間違いない。そして没収していないのだから、占領を解いた後は速やかに返還する義務も負う。

 

 翁長知事が述べた「普天間飛行場もそれ以外の基地も戦後、県民が収容所に収容されている間に接収され、または居住場所等をはじめ、銃剣とブルドーザーで強制接収され」「普天間飛行場もそれ以外の取り沙汰される飛行場も基地も全部、戦争が終わって県民が収容所に入れられている間に、県民がいる所は銃剣とブルドーザーで、普天間飛行場も含め基地に変わった。私たちの思いとは別に全て強制収容された」との発言は、沖縄県の米軍基地の存在はそもそも国際法規に違反していることを伝えたものだった。

 

住民を収容して土地を接収

 沖縄戦直前、沖縄師範学校予科に入学し、鉄血勤皇隊として闘い、捕虜となってハワイに送られた経験を持つ元衆議院議員の古堅実吉さんによると、「銃剣とブルドーザー」の接収は次のように行われた。

 「沖縄戦で生き残った軍人・軍属等は捕虜収容所に、一般住民は16の地区に分離収容し、10月まで、その収容地区外への自由移動を厳しく禁止していた。その間に米軍は、住民の土地を居住地、畑地、原野等の区別なく、取りたい放題に金網で囲い、米軍用地に略奪した。住民が10月以降、収容地区から解放されて元の居住地に帰ってみたら、既に金網で囲われて基地とされ、入ることさえできなかった」

 

 本土の米軍占領は1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効で一区切りついたが、沖縄県は切り離され1972年まで米国の施政権下に置かれた。国際法に従えば、独立している日本への復帰で接収地も返還となるはずだったが、復帰直前(つまり沖縄県民が異議申し立てできないうちに)、日本政府は公用地暫定使用法を成立させ、米軍の接収を合法化した。それが翁長知事の「自ら奪っておいて」の趣旨という。

 

 私も、恥かしながら沖縄戦をよく知らなかった。沖縄県民が日本軍によって集団自決に追い込まれたという話や「ひめゆりの塔」などの悲劇は聞いていたが、基地のでき方を見ると、実際は「他人ごと」だったと思う。翁長知事の安倍首相、菅官房長官との会談で、沖縄戦がまだ終わっていないことを突きつけられた。

 普天間基地(飛行場)縮小、辺野古新基地建設計画、東村高江へのヘリパッド(実際はオスプレイ・パッド)建設強行という一連の動きの意味を知るには、沖縄戦まで遡る必要があることを、翁長知事は教えてくれたといえる。

 

 普天間から辺野古に米海兵隊基地が移転し、その他の基地が統廃合されても、沖縄県にある米軍基地は73.8%から73.1%へとわずか0.7%しか減らない。なぜなら県内で移るだけだからだ。従って辺野古は強制接収された普天間の代替であり、沖縄戦につながる。そして、沖縄戦は15年戦争とつながっている。その15年戦争前まで、戻ろうとしているのが安倍政権だ。慌てた官邸の対応で、安倍政権の狙いが浮き彫りになったといえる。私たちも、15年戦争まで遡ってものを見ていく必要がある。

(2015年4月29日)