コラムno.9


戦後史の一大転換点となった集団的自衛権への抗議行動

2014630日と71日は日本の戦後史の一大転換点となった2日間であることは間違いない。言うまでもなく、自民・公明両党が憲法改定の手続きもせずに「(両党の)解釈」で事実上改憲し、海外派兵への第一歩を踏み出す決定を単なる「閣議」だけで行ったことと、それに対する抗議行動が全国的に展開されたことだ。集団的自衛権の決定が持つ問題点とは別に、今回の抗議行動の意義を考えてみた。

 政府・与党が71日を臨時閣議決定日と決めたことから、いくつかの団体による実行委員会は630日午後6時半から首相官邸前で抗議行動を行うと宣言、SNSなどで知った人々が東京周辺だけでなく各地から続々と集まった。テレビ朝日によると、その数は4万人。翌1日は千人近い人たちが朝から首相官邸前で抗議を継続。実行委員会が呼び掛けた午後5時には、前夜と同じくらいの人数に膨れ上がった。抗議行動は首相官邸前だけではなく大阪や名古屋などの主要都市、それに「いわき市内でもデモをした」というフェイスブックでの報告など、全国に波及した。

 国民と国土を守るのではなく、まさに「他衛」として海外での武力行使を容認する「集団的自衛権」が自民、公明両党の幹部による談合だけで決められ、国民が意見を言う場もない。国民の代表とされる国会議員も公の場で論議することもできない。300余という衆議院の議席数をバックに、次々と国民の権利が踏みにじられてくるという怒りと恐怖が多くの人々を首相官邸前に呼び寄せたことは間違いない。

 2日間、官邸前の抗議行動に参加して、そんな人々の強い思いが印象に残った。初日の30日夜は、どちらかというと中年から高年齢者の割合が多かったような気がする。目立ったのは一人で参加してきた人たちだ。手作りのプラカードをかかげたり、ひたすら声を張り上げている人など。ベビーカーに赤ちゃんを乗せてきていた若いお母さんもいた。いても立ってもいられなかったのだろう。こうした「デモ慣れしていない」民衆を前に、機動隊も対応を検討したのか、サッカー応援の群衆警備のようなソフト対応だったのも目についた。

 2日目の71日、人数が減るかどうか気にしながら官邸に向かったが、初日と同じくらい集まっていた。前日より行動開始時間が早いせいか、歩道上には中高年が多い。前日と打って変わったのは警備だ。国会議事堂側には一切入れさせないよう厳重に規制。前夜目立った自転車部隊も排除されたのか車道には姿がない。抗議の声で臨時閣議を妨害されると焦ったのかもしれない。

 抗議活動への参加者は、辺りが暗くなるに連れて若者が目立つようになった。家から持ってきたのだろう様々な太鼓が鳴り響く。太鼓のリズムに合わせたシュプレヒコールを叫ぶが、思い思いのプラカードやゼッケン姿で、発声もバラバラだ。

 かなりの参加者はカメラやビデオ、スマホなどで抗議風景を撮影。撮影するや否や、フェイスブックやツイッターなどのSNSで発信している。首相官邸と道を挟んだ国会記者会館では、中庭で新聞社やテレビ局の記者と並んでブロガーたちも速報を流していた。

 過去のベトナム戦争や70年安保当時の反対行動を思い浮かべると、全く様変わりしたと実感する。何となく集団行動という枠から外れている。それは何なのだろうと考えて、気づいた。皆、個人の立場で参加してきたのだ。それも勇気を振り絞って。

 フェイスブックの「友達」の一人は、抗議行動には参加できなかったが、初めて一連のインターネットによる署名活動に参加したと伝えてきた。広告会社に勤める立場であり、思い悩んだ末に署名したのだろう。また「40年ぶりにデモに参加したよ」というコメントもあった。全共闘世代でもある団塊の世代は、抗議行動やデモになれている人が多いかもしれない。しかし杖をつきながらやってきたお年寄りや、仲間外れにされることを恐れる若者たちにとっては一大決心だったに違いない。

 そんな青年の思いがフェイスブックに出ていた。「サッカー日本代表の話はまるで自分のことのように話しているのに、(将来)自分に降りかかる問題を、自分とは関係ないかのようにしているのはおかしい」と考えて抗議行動に参加する、という内容だった。また別の人は「抗議したからといって、直ちに変化が起こるわけではない。ただ反対の声を上げなければ、賛成とされてしまうのが怖い」と参加する意義を書いていた。

 フェイスブックの別のところでは「公明党3000ネットワーク有志」の名前で山口那津男代表宛てに「集団的自衛権の行使を容認する動きにストップを」とするインターネット署名簿が出ていた。1378人が賛同したという。本物かどうかは分からないが、署名者の名前も表示されているので、それなりの実態があるのではないか。「一枚岩」の公明党では少なくとも、過去にこうした動きは表面に出てこなかった。

 抗議行動は2日目になって、参加者から政府への抗議だけでなく、大手マスコミに対する批判が目立つようになった。NHK30日の行動を一切報じなかったことが直接的な引き金となったのだろうが、この間の一連のマスコミ報道への不信が沸点に近づいているのではないかとすら感じさせられた。

 東日本大震災以降、SNSが既成のマスコミよりも早く情報を発信し、それをマスコミが後追いするという場面が増えている。さらに進んで、今やマスコミは自民党政権に迎合あるいは自粛して、政権に不都合なことを報道しないようになっているのではないかと、多くの国民が疑問視するようになったのではないか。

 一方で、現場からのSNS発信は一人ひとりが自分の「友達」だけに送ったとしても「シェア」や「拡散」されて輪がどんどん広がっていく。「振り返ってみれば630日と71日はその一大転換点だった」と記録されるかもしれない。

 

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