コラム


STAP研究不正の背景に研究費バブル?

不正見逃す「成果主義」

 国内だけでなく、世界のサイエンス・コミュニティーから高い関心を集めていた理化学研究所のSTAP細胞研究不正について、ようやくまともな提言が発表された。理研の外部有識者による「研究不正再発防止のための改革委員会」(委員長・岸輝雄東大名誉教授)が612日発表した「研究不正防止のための提言書」がそれだ。

 「世界三大科学不正の一つと指摘された」(岸委員長)とまでいわれる「前代未聞の恥ずべき不祥事」は、不正を行った小保方晴子ユニットリーダーだけでなく、上司たちへの厳重な処分、研究機関である発生・再生科学総合研究センター(CDB)の解体、理研トップ層(なぜか、肩書きで示されていない)の責任まで求められる事態となった。

 当然といえば当然の結果だが、ここに至る不正処理の道は改革委が疑念を表明するように、問題矮小化ばかりが目立っていた。改革委の提言がそのまま受け入れられ、理研の「再生」とともにガラパゴス化している「日本的科学」も再生されるのだろうか。ただ、この提言とほぼ同時期に逮捕者が出たノバルティスファーマによる降圧剤バルサルタン薬事法違反事件でも大学の不正関与が分かったのに、科学界の関心は薄い。日本の「科学」が世界に通用するサイエンスに再生されるには、まだほど遠いといえそうだ。

釘刺された理研の消極姿勢

 改革委の提言では、小保方氏の採用自体「にわかに信じがたい杜撰さ」だったと理研の不正を厳しく指摘している。まともな資格もない小保方氏の研究不正に輪をかけたのが上司の笹井芳樹CDB副センター長の秘密主義だったと認定したが、第三者の検証を拒否する笹井氏の行為自体「科学」の精神から遠く離れたものだ。さらに笹井氏らを放置していた理研トップ層の「貧弱なガバナンス体制」にも厳しいメスを入れている。日本の科学が再生するためには、まず理研で当事者に消えてもらう以外にないのだろう。

 研究不正のいくつかは既に明らかになっているが、改革委が特に深刻な問題としているのは、理研トップ層が事実解明に消極的と判断していることだ。提言によると、まだ不正疑惑は残っている。特に毎日新聞が12日付朝刊の一面で取り上げた、同じ理研の統合生命医科学研究センターの遠藤高帆上級研究員らによる遺伝子データ解析で判明した「実はES細胞だった可能性」について、提言でも取り上げ研究ねつ造の疑いを示している。この解析はかなり前に理研上層部にも報告されていたが、「トップ層」は対処していなかった。さらに重要なのは、小保方氏が記者会見で若山輝彦・山梨大教授が「STAP細胞を樹立した」と述べ、間違った細胞を作ったのは若山氏としていたことに対し、提言は第三者による遺伝子解析の結果として、若山氏が提供したのではないマウスから作られた細胞で「STAP細胞を樹立した」と発表していたと認定した。つまり若山氏が作成した細胞は使われていなかったことになる。

 改革委は理研にきちんと解明するよう求めているが、事実なら小保方氏側の若山氏への責任転嫁であり、上記の小保方発言は事件発覚後の記者会見での出来事だけに、「悪意がない」どころか極めて悪質な犯罪行為であるといわざるを得ない。週刊文春は619日号で若山教授の独占告白を取り上げているが、それによると若山教授のもとには小保方発言後、犯人扱いする手紙などが届くようになったという。提言通りなら、小保方発言は許される行為ではない。

実験は本当に行われたのか?

 全国紙三紙が13日付朝刊の一面トップで改革委提言のニュースを取り上げているように、1月末の「世紀の大発表」以来、マスコミはSTAP事件を大きく取り上げてきた。しかし、今回の改革委のように踏み込んだ報道はほとんどみられなかった。提言によって、不正な行為で作成された成果はやはり不正なのだという、自明な論理にようやく立ち返ったといえる。

 しかし「そもそもまっとうな実験が行われたのだろうか」という根本的な疑念が、提言で浮かんできた。先の週刊文春は「小保方晴子さんと笹井芳樹教授 研究費年間6億円の使い途」と題して、情報公開法に基づいて理研に情報開示請求して得た研究費を記事にしている。それによると、理研からは「予算差引明細書」だけが提示され、なおかつ黒塗りが多く使途の全容が分からないようになっていたという。特に出張旅費は行き先も金額も黒塗り。本当に出張したのかどうかも不明なままだ。

 また、この明細書にはパソコンの購入費などが示されているのに、肝心の実験に使うマウスの購入記録はないという。マウスの購入については、毎日新聞も519日付で調査報道していた。それによると、小保方側が2012124日に実施したというマウス実験時、必要なマウスを購入していた記録が理研の会計システム資料に存在していなかったというものだ。ネットではかねてから「エア・テクニシャン(つまり架空の実験助手)で実験」と実験そのものを疑う記載が出ていたが、提言が示した疑念や会計記録を見る限りでも、実験そのものへの疑問が次々と出てくる。疑問、疑念に対する理研の対応ぶりは、CDB幹部、さらには「理研トップ層」まで、実験そのものがなかったことを知った上で隠蔽しようとしているのではないか。外部から多くの批判を浴びている「再現実験」も茶番かもしれない、と疑わざるを得ない。

 こうしてみると、「小保方」という怪物を生み出した理研そのものの闇が晴れることはあるかどうか、はなはだ疑問だ。さらに、理研の中には、何人もの「小保方」が潜んでいて「科学」を食い物にしている恐れもある。一気に膿を出し切らなければ、また研究不正の後始末に追われるに違いない。

科学予算バブルが不正の温床か

 そもそも、理研がここまで泥にまみれることになったきっかけは、1995年に成立した科学技術基本法だという指摘がある。科学技術立国を目指そうという意図には問題ないのだろうが、科学技術予算は毎年膨張、科学者たちが金にまみれることになった。

 理研がバブルを謳歌することになったのは、2003年にノーベル賞受賞した野依良治氏が理事長に就任してからで、ハコモノ政策に拍車がかかった。同じような生命科学の研究センターが横浜と神戸(CDB)に相次いで造られたのも、その一環だという。

 日本学術振興会が仕切っている科研費の伸びをみると、1995年度には約900億円だった科研費の予算は2003年度には約1750億円と2倍に膨らんだ。科研費は2011年度から基金化を導入し、それまでと計算の方法が変わったが、予算額に変わる「助成額」をみると11年度は2204億円、12年度は2307億円、13年度は2318億円と右肩上がりをしている。20113月には東日本大震災があったにもかかわらず、である。国から助成される研究費は科研費以外にもいくつもあるが、傾向は同じようなものであろう。

 それまで金銭的に恵まれていなかった研究者にとって、次から次へと湧いてくる科学技術の助成金(結局は税金)の魅力は、理性を失わせるには十分だったのではないか。まるで公共投資に湧く地方経済を見ているようだが、研究者には「成果」がついてまわる。成果第一主義は研究不正を生み出しかねないし、より多くの金欲しさにノバルティスファーマがらみの論文不正のような事件も発生する。その意味で、今回のSTAP事件は「若手研究者だから起こした」事件とみるのは間違いであり、日本の科学研究フィールドで蔓延している不正の一端が明らかになったということではないか。

 そう考えると、あの時ちょっと立ち止まって考えてみればというチャンスが一瞬があった。2009年の民主党政権による事業仕分けだ。ハコモノ行政の象徴ともいえる理研のスーパーコンピューターに対して、蓮舫議員が放った「2位じゃだめですか」発言がメディアや日本の科学界から猛批判を浴び、自民党政権になって理研のスパコン予算は復活した。しかしスパコンは維持費を食いつくしながら生き延びているだけになっている。当時、野依良治理研理事長は蓮舫議員の発言に「全く不見識であり、将来歴史という法廷に立つ覚悟はできているのか」と攻撃した(20091125日)。

 しかし、あの時考え直すチャンスをものにしていたら、理研は「世界三大科学不正事件」の当事者として歴史に名を刻むことはなかっただろうし、野依氏も将来、歴史法廷に立つことはなかったに違いない。野依理事長と一緒に大騒ぎした日本の科学者も、世界中から三大不正を笑われ間の悪い思いをしていることだろう。

 

2014613日)