コラムno.10


「気候変動は最も恐ろしい大量破壊兵器」とケリー米国務長官 ~地球温暖化対策に本腰を入れ始めた米国

 米航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所は512日、南極の氷床が融解し、このまま崩壊せずにすむとされる限界点を超えてしまっており「氷床の後退は制御不可能」とする衝撃的な研究結果を発表した。融解しているのは南極西南部にある氷床で、氷床を支える巨大な陸地がないため、暖かい海水が氷床の下に入り込んで氷を溶かしているという。

 NASAによると、融解がもたらす影響は国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が昨年まとめた予測(世界の平均海面は今世紀末までに最大80センチ上昇)を上回るレベルで、氷床融解がもたらす海面上昇は平均15メートルと、とてつもない数字が出ている。

 ケリー米国務長官は今年2月、インドネシアでの演説で「気候変動は世界で最も恐ろしい大量破壊兵器だ」と警告したが、全くその通りだろう。こうした南極氷床融解という「今そこにある危機」を目の前にすると、「集団的自衛権」ばかり訴えている我が国の指導者には情けなくなる。

様々な異常気象が各地で発生

 その米ホワイトハウスは6日「国家気候アセスメント」と題する、気候変動と地球温暖化が特に米国民に及ぼす影響について包括的、かつ多岐にわたる調査結果を発表した。米政府がこの種の調査を発表するのは3回目だが、オバマ米大統領が演説などで「温暖化は遠い将来の話ではなく、今実際に起きている」と訴えているように緊急性を強調しているのが特徴だ。

 日本ではあまり大きく扱われなかったうえ「中間選挙をにらんだ」云々などとする評論すら出ているが、日本でも多発している近年の異常気象や高温化をみれば、政治的な議論にとどめず、世界中で緊急対応が必要な事態であることは分かるはずだ。

 199712月京都で開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)のころ、米国は政治家や産業界だけでなく、国民全体が地球温暖化対策に冷淡で、議論も活発には行われなかった、と記憶している。

 だが熱波、集中豪雨、巨大化するハリケーン、洪水や河川氾濫、高潮被害、暴風雪、干ばつ等々。今日、米国内では異常気象とその結果起きている様々な被害が連日のように報じられている。カリフォルニア州で今現在発生している「500年に1度」の規模の山火事も、鎮火の兆しはまだない。広大な大陸とあって、北東部が豪雨に見舞われている時に中西部では干ばつという事態も少なくない。それだけに、気候変動・地球温暖化はより身近なテーマとなっていると思われる。

 そうした認識で本報告を見ていくと、日本にとっても極めて重要な報告であることが分かる。

 この報告が包括的と自負している点の一つは、気候変動がもたらす影響を各州、地域ごとに分析していることだ。豪雨や洪水と干ばつが同時に起きている国だから当然かもしれないが、地域ごとの影響をみると、地域的な偏りが大きいことが分かる。報告も「地球温暖化は一様なペースで進むものではない」と指摘し、「(温暖化が進んでも)厳しく寒い冬はこれからもある」と注意を呼びかけている。もちろん夏は今まで以上に長く、高温となり、暑さを好む昆虫などが多々発生すると予測する。

米国産農水産物の減少は世界に影響

 しかし本報告が意義深いのは社会と経済への影響を詳しく、包括的に分析していることだろう。分析している主なテーマは「健康」「交通」「水資源」「農業」「生態系」「海洋」という6つ。いずれも世界中で分析すべきテーマだが、日本にとっては特に農業と海洋が重要だ。

 農業面ではまず、気候変動に伴う異常高温によって適応できる作物が変わってくることによる穀物生産などの変化と、高温化に伴う害虫被害の増大が予測されるという。一部の穀物については、気温上昇のメリットが出てくるとみられるが、それも短期的で全体として穀物生産は打撃を受ける恐れがあると指摘。

 また干ばつのほか、集中豪雨による農地や河川の氾濫で生産性も悪化。農産物の貯蔵から輸送、販売に至るまで様々な影響を受けるとみている。米国は農産物の一大輸出国であり、農業生産の変化と減少は米国内だけでなく、世界規模で影響をもたらすと警告している。

 農業と密接に関係してくる水資源も、高温化と干ばつの影響をもろに受ける。飲料水や農業用水だけでなく、水は工業生産にも大量に用いられており、将来水利権争いも各地で多発する恐れがあると予測している。

 海洋では海水温上昇と酸性化を重要視している。海水温が上昇すると、それまで生息していた海域から逃げていく魚種が出てきており、既に生産性が落ちている、という。この傾向はさらに深刻化するとともに、海水の酸性化によって魚介類の骨格形成異常が広範囲に出現、魚種も変化する。

 健康面でも高温化に伴う疾病の増加と病気の変化を予測しているが、報告では特に健康被害を受けやすいのは子供、老人、病人、貧困層、ある種の有色人種(劣悪な環境下に住むネイティブアメリカンやイヌイットなどを想定)などとしている。このあたりは災害弱者と同じだ。こうした穀物生産や漁獲種の変化は他人事ではない。皆、どこの国でも深刻化するテーマであり、分析が必要だ。日本でも、沿岸漁業では獲れる魚種が変わってきていることが全国各地で報じられているが、残念ながら日本の政府は今回の米国のように数百人もの科学者を動員して総合的に分析することができていない。

農業国の輸出規制で食糧危機に

 米、小麦、大豆、トウモロコシの4種は「基礎食糧」と呼ばれる。人間が直接摂取するだけでなく、家畜の飼料ともなっている。農林水産省のデータによると、その基礎食糧で日本が自給できるのは米だけ。小麦は14%、大豆29%、トウモロコシにいたっては0%だ(あくまで食料と飼料を合算したデータのため、国内生産の割合が極小の場合は0になってしまう)。

 自給できない食糧は輸入に頼っている。JETROの調査によると、日本の食料輸入先のトップは一貫して米国だ。ちょっと古いデータしかないが20062008年の3年分のデータでは、上位10カ国のうち米国が1位、中国が2位。3位は2007年までオーストラリアだったのが2008年はカナダが取って代わった。いずれにせよ米国の首位は変わらず、2008年は28%が米国から輸入されている。 

 現在、日米交渉で最大の問題である環太平洋パートナーシップ協定(TPP)でも、焦点は農産物輸出入の自由化である。最大の農業国である米国にとっては、余った農産物を高値で買ってくれる日本は上得意であり、もっと輸出したいとして攻勢を掛けるのは当然かもしれない。しかし、これは過剰に生産できていることを前提としたものだ。気候変動で農産物の生産が極端に落ち込んだらどうなるのだろう。

 国際穀物市場は各国の国内政策と深く関わっており、農業国内で食糧不足の恐れが出てくると、その国は主食や飼料穀物の高騰を防ぐため輸出税を課したり、輸出を禁止するなどして国内消費者への供給を優先する、とされる。その結果、穀物輸入国ではいっそうの価格高騰となり、生存に関わるような食糧危機になる。

 実際に2008年に国際穀物価格の高騰で輸出国のインドと中国が輸出を制限し、フィリピンなどで食糧危機が起きた。1993年には欧州連合(EU)も小麦と大麦に輸出税を課しており、域外諸国が打撃を受けた。農林漁業への気候変動の打撃は経済摩擦では済まない争いに発展しかねない。こうした事態を施政者は予測しているのだろうか。

 今年3月、横浜で開催されたIPCC総会と第2作業部会は、地球温暖化の影響、適応、脆弱性を予測する報告書をまとめた。その中でも、気候変動がもたらす様々な影響で各国内や周辺地域で紛争が起こる恐れを指摘していたが、紛争は単に生産性が悪化したためだけでなく、輸出税などの政策が加速させる危険性が高い。そうした地域間の戦争に「集団的自衛権」論者はどのように参加しようとするのか。ケリー氏が強調する「世界でも最も恐ろしい大量破壊兵器」を野放しにしていて、大量破壊兵器が地球規模で起こす新しい戦争に、どこまで出かけていくのか。はっきりさせるべきである。

 大恐慌が起きた1930年代。米国の中西部やグレートプレーンズ一帯を襲ったダストボウル(砂嵐)で耕地が工作不能となり、農民たちは太平洋沿岸に脱出し生き延びようとした。ジョン・スタインベックの不朽の名作「怒りの葡萄」は、その一人、オクラホマ州からカリフォルニア州に脱出を図ったトム・ジョード一家の苦難の物語である。中古自動車でルート66を西に向かう苦難の旅路の果て、たどり着いたカリフォルニアも「約束の地」ではなく、トムたちは貧民キャンプを転々とし、最後にはキャンプを豪雨と洪水が襲う。そこには安住の地はない。

 スタインベックは砂嵐を大企業主体の大規模農業化による人災との視点で書いていたが、地球温暖化は人災の側面がいっそう強い。気候変動が極端になればなるほど、トムのような人々が世界中で出てくることは間違いない。その解決策が武力ではないことだけは確かだ。

 

2014515日)