コラム


ファシズムの予兆

  まだ特定秘密保護法も成立せず、集団的自衛権が本格的に論議されていなかったほぼ1年前、ノンフィクション作家の保阪正康さんが毎日新聞に昭和のファシズム体制についての考察を掲載した(「保阪正康の昭和史のかたち」2013年5月11日付け)。この中で昭和前期のファシズム体制には「正方形縮小の法則」ともいえる法則があると指摘した。この国民を縛り付ける正方形が今また縮小傾向にあるのではないか。

 保坂さんの言う正方形とは国民が「国定教科書の軍国化」「情報・知識の管理統制」「官民一体での暴力」「立法体系の拡大解釈」の四辺で囲われ、昭和初期から戦後までこの空間の中に閉じ込められ、国民は自由な発想や言論、行動などが制限されたという。

 保坂さんが正方形縮小の法則を書いてから1年近くたち、国内の環境は急速に変わってきたようだ。国定教科書については、軍国化とまではいかないまでも沖縄県竹富町での教科書選択に対する国の高圧的姿勢に見られるように政権の意向を反映させようという動きが活発になっている。

 情報・知識の管理についても、昨今のメディアの自粛ムードや政権へのおもねりなどをみると、急速に統制を受け入れる方向にあると疑わざるを得ない。なんと言っても特定秘密保護法の秘密指定の基準を検討する政府の情報保全諮問会議の座長に読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆の渡辺恒雄氏がなっているのだから。

 「はだしのゲン」に対する執拗な攻撃も同じ文脈の中でとらえる必要がある。東京新聞の今年2月21日付朝刊はトップで「『はだしのゲン』都内で撤去請願」と報じた。昨年9月以降、東京都と都内の区市の教育委員会や議会に撤去請願が14件出されているという記事だ。同年11月、大阪府泉佐野市は市長からの要求だとして「はだしのゲン」を小中学校から回収した。「きちがい」や「ルンペン」などの差別用語が使われているという理由だ。

 この言葉狩りは今回に限らない。にもかかわらず、昨年8月に発覚した松江市での騒動に対しては結構紙面やニュース時間を割いていた全国紙やテレビは今回、簡単な記事で済ましている。この変化をみる上で、昨年9月という点に注目する必要がある。秘密保護法の審議が始まった時期だ。報道の理由なき自粛が秘密保護法の隠れた威力としたら、もう「正方形」は狭まっている証左といえる。

 「はだしのゲン」に対する攻撃は、泉佐野市のように本質ではなく些末な点を口実にしているのが特徴だ。難癖をつけて撤去を謀るということは、原爆の恐ろしさ、さらには戦争の恐ろしさを子供に伝えさせなたくないという意外にない。つまりは「集団的自衛権」などを準備する上で「はだしのゲン」が脅威となっていることを示している。

 難癖をつけて恫喝するのを常套手段としているのはやくざだけではない。むしろ国家権力の常套手段である。今直ちに「官民一体での暴力」が進んでいるかの判断は微妙なところだが、立法体系の拡大解釈は日本の官僚ならいつでも行いうる行為だし、実際長年行ってきている。。

 保坂さんは正方形縮小の法則についての説明に続けて、「彼ら(批判する人たち)の職場に官憲が訪ねてきて職は失われるし、家族は『不忠者』『売国奴』を持ったと監視・迫害される。こうした状況、つまり『生活権の収奪』『共同体からの放逐』の下で大体は『沈黙』に入る」と昭和のファシズム下の状況を回顧している。

 これが今また甦らないとは言えない。ヘイトスピーチを行う「ネトウヨ」はまさに「アベ・ユーゲント」の先駆けとなりそうだ。昭和ファシズムは軍(官僚)主導だったから、それなりに統制はとれていたが、現在は「気分」が先に立っているだけにより危険性が強い。だからこそ、まだ特高警察がゾンビのように復活する前に、声を上げる必要がある。